最近、ASD,ADHD,発達障害,内向型など、印象の強い言葉が一人歩きしているイメージがあります
近年の研究では、ASDは社交スキルが欠如しているのではなく、「感覚処理の特性」にあることが明らかになっています
五感の感受性が定型発達とは異なり、定型の人が無意識に処理している感覚情報を、ASDの方は一つ一つ意識的に処理しているんですね
例えば、部屋の電気、エアコンの挙動、衣服の触感、人の体臭、外の車の音といった、定型の人が無意識にスルーしている刺激がASDの方には大音量で押し寄せる
ASDが抱えているのは、内向的といった性格的な問題、自身の表現方法が性格的では無いといった技術的な問題ではなく、感覚のオーバーヒートによって、社交に振り向ける余力が消耗しているという構造的な問題なのです
だかこそ、「感覚的に消耗しない環境を確保する」「回復のための一人時間を尊重する」という設計の見直しが必要になる
ASDを「コミュ障の重い版」と捉える誤解を招くような発信が増えていますが、本当に良く無い傾向だと思います
事実をボカす行為は、何の解決にもつながらない
こういう、ASDが何かということを何一つ理解しない人がコミュ障=ASDという風に決めつけるのが地獄を生んでるんだけどねえ。
2020年代に入って特に感覚過敏が密接に関わってきてるのがわかってきてて「そういう問題でない」こともわかって来てるんだけども。