「中止」じゃなくて「お片付け」です。徳島県、模型ひとつにビビり倒すの巻
さて。国際的建築家・石上純也氏の展覧会が、開催前日に徳島県の要請で中止に追い込まれた。
構図を高解像度で整理しよう。前知事時代、県は1800席・約194億円のホールで石上氏チームと基本協定を締結。実施設計も終わり工務店も決まっていた。ところが「1800席・194億は高すぎる!」と訴えた後藤田知事が当選。で、出してきた対案が1500席・約200億円。
……あの。席は300減って、値段は据え置きで、工期は延びました。「高すぎる」と言って当選した人の対案が、安くも早くもなってない。ダイエット宣言した人が「ご飯半分にして天ぷら追加した」と報告してくるくらいワケが分からない。
しかも石上案の協定は今も継続中。県の中に二つの計画が併存する、シュレディンガーのホールである。今回の展覧会は、その箱を県民の前で開けてしまうイベントだった。
県の中止理由が芸術的である。
曰く、展示が街づくりの「和やかな雰囲気になじまない」。模型ですよ。木とアクリルのミニチュアが港の和やかさを破壊する凶器扱い。模型一個で崩れるブランド価値、それ最初から砂上の楼閣である。
正直に言うと、逆だと思う。県民が誤解する心配ではなく、県民が正解に到達する心配をしている。比較されて困るのは、席が減って値段据え置きの方でしょう。
知事は「圧力ではない」「その時点では内容を知らなかった」と全否定。だが内容も知らず直々に潰しにいったなら、それはそれで通り魔である。中身を知ってて潰せば言論統制、知らずに潰せば通り魔。どっちに転んでも詰んでる二択。
石上氏の「深い思いで書いた図面を、誰にも知られず葬り去られるのは悲しい」という一言は刺さった。中身を見てもらえずに葬られることほど、作り手にとって虚無なことはない。
人が集い交流が生まれる港にぎわい空間って、本来そういう「考える機会」のために作るんじゃなかったんですかね。