手段の是非について「違法性」のないものにグチグチ他人に文句つけてるところ、それに批判が自分に向かうとまたグチグチと卑屈な文章に社会的語彙を乗せるところ。
これも「嫌われるリベラル」そのものではないの?
路哲の射的に対して「銃を使って平和を訴えることに反対」と言ったら、予想通り総攻撃。
得に「ナイーブ」という言葉が向けられる。
そうですか、ナイーブですか…。
検索したらやたらと出てくるんですが、その言葉、流行ってるんですか?
ナイーブで結構です。
自分でもナイーブだと思っていますから。
もう50年もナイーブやらせてもらってます。
私の性格なんでね。
長所にも短所にもなってますよ。
それが「私」です。
なにか悪いですか?
ナイーブすぎ
お行儀よすぎ
うるせぇ。
逆になんなんです?
そのマッチョイズムは?
ひとりでやってる分には一切文句もないですが、嫌いなんですよ、マッチョイズムを押し付けられるの。
あと今回、「こん連」って言葉をはじめて知りました。
すげぇ嫌な言葉ですね…。
私、前のポストでも書きましたが、路哲や、それを支持している人には、それなりのリスペクトを持っていました。
毎日のように街頭に立ったり、ヘイトデモのカウンターを行ったり。
私と考えが違う部分で、手放しで支持できない部分もありましたが、それは単に考え方や行動の違いであって、いちいち批判するようなことではないと思い、得に何も言ってません。
でもね、私は「銃」を使った表現に強烈な嫌悪感を感じたので、それは違うと声を上げました。
「人を殺すこと」は間違いなく最大の人権侵害だよ。
平和や人権を守れと言う側の人間が、なんで「人殺し」を彷彿とさせるゲームを公共の場所でやってんだ?
それを批判したら、ナイーブだとか、お行儀がいいとか、海外では普通だとか、政府の言いなりだとか。
逆ギレも大概にしろとしか。
なんだ?
それとも私の頭がおかしいのか?