駅のベンチに、ボロボロのエルメスの財布が落ちていた。
交番に届けようと中を確認すると、お札は一枚も入っておらず、小銭入れには「1円玉」がたった一枚。
あとは、色あせた小さな女の子の写真と、裏に「パパ、がんばって」と書かれた手書きのメモだけだった。
正直、「見栄を張って高い財布を持ってるけど、中身は空っぽか…」と、少し冷ややかな気持ちで警察に届けた。
数日後、持ち主からお礼の電話があった。
現れたのは、作業着を泥だらけにした、疲れ切った中年の男性。
彼は財布を受け取ると、1円玉を見て「よかった…まだあった」と泣き崩れた。
聞けば、彼は数年前に奥さんを亡くし、借金を返しながら一人で娘を育てていた。
その財布は、奥さんが亡くなる直前に「いつかこの財布に似合う男になってね」と、なけなしの貯金でプレゼントしてくれた最後の贈り物。
「中身の1円は、娘が『お守り』に入れてくれたんです。これさえあれば、パパは無敵だからって」
財布の中身の価値は、金額(数字)で決まるんじゃない。
その中にある「誰かの想い」の重さで決まるんだと思い知らされた。
人を、持ち物や今の境遇だけで判断しちゃいけない。
その「空っぽ」に見える財布の中には、私には一生かかっても稼げないほどの、巨大な愛が詰まっていた。