💡【担当職員による展示解説②】
こちらは19世紀後半に作られた、麻生地の満洲族男性の衣装「長衫」です。(「衫」については前回の投稿をご覧ください📖)
注目したいのは、手の甲を覆うほど長い半円形の袖口。これは騎馬民族である満洲族の生活文化に由来し、「箭袖」または「馬蹄袖」と呼ばれています🐎
漢民族男性の長衫もよく似た形をしていますが、この「馬蹄袖」は見られません。長衫は、後にチャイナドレスが誕生する過程を考えるうえで、重要な起点となる存在です。
清代の天津・楊柳青で制作された民俗版画を見ると、女性は上衣下裳式、男性は衣裳連属式の長衫の着用が一般的であったことがわかります🖼️
ところが近代に入り、西洋からもたらされた「人権」「自由」「男女平等」といった思想の影響を受け、一部の漢民族女性が男性用の長衫を着るようになります。
これは、数千年にわたって受け継がれてきた中国の伝統的な衣服様式に大きな変化をもたらした出来事でした。その変化の先に、私たちがよく知るチャイナドレスの姿が現れてくるのです✨
💡【担当職員による展示解説①】
こちらの2点は、どちらも19世紀後半に作られた衣装です。絹地に精緻な手刺繍が施され、牡丹の文様には高貴さや富への願いが込められています。注目したいのは、その仕立て方の違いです。
1枚目は上衣とスカートを組み合わせた「上衣下裳式(ツーピース型)」。床まで届く長いスカートは、古くから漢民族の女性衣装に見られる特徴です。
一方、2枚目は「衣裳連属式(ワンピース型)」。脇にスリットが入り、清王朝の統治階級であった満洲族の衣装様式を示しています。
満洲族の人々が男女を問わず着用したワンピース型の衣装は、「袍(ほう)」や「衫(さん)」と呼ばれ、後に誕生するチャイナドレスのルーツとなりました。