「ま、話すと長いんだけどね」 そう言うと、千束はしたり顔で瞼を伏せ、腕を組む。 「簡潔にお願いします」 パチリと彼女の目が開く。 「んだよ~、語らせろよぉ」 「もう十分だらだら喋ったじゃないですか」 「珈琲が来た、喋る、終わり……寂しいじゃん!」 たきなは言い返そうと口を開くも、こうしてやり合うから長くなるのではないかと思い至り、珈琲に助けを求める。 薄く開いた口元へカップを寄せる。...
「あの、何でそんな顔をするんです?」 ん? と千束がケーキを頬張りつつ、見てくる。 たきなはちらりと一瞬、手元の皿を見やった。 「ここのケーキ、おいしいですよ」 「ぅん、おいしいね?」 「クリームが絶品です」 「うむ、なかなか真似できん味だ」 「少し重いですけど」 「けれどコクがあって、しっかりしてる。甘さマシマシとかにして満足感を誤魔化している感じもないね」 「そこにイチゴ」...
井ノ上たきなには、かねてより疑問があった。 しかしながらそれは今や、謎といっても良かった。 何故そうなのか。 そうなるのが、わかっているのに、何故千束達は同じ事を繰り返すのか。 いや、そもそも何故彼女らがそうなるのかさえ、たきなにはわからない。少なくともたきなはそうは感じないからだ。 最初は気付かなかったが、さすがに三度目ともなると、さすがに違和感を覚えるようになる。...
喉と口の中の反吐を吐き出し、空気を吸う。まだ、致命傷ではない。 だが、時間がとどめを刺しに来るのは確実だった。 押さえた傷口の先、腹の中が、まるで焼けた鉄球でも突っ込まれたかのように熱い。 アイに喰らわせた一発が金属アクセで威力が削がれた事を考えるに、形勢は逆転していると考えるべきだろう。 つまり、劣勢。銃も、左手の人さし指も……ない。 「なんで……裏切ったの?」 「そんなの……」...
ノナは振り返り、映画館へと続く真っ直ぐな道を、そしてそこを行き交う蟻の群れのような人々を見やった。 待雪ノナという、この数時間で二桁の人間を殺してきた少女がいる事も、その少女がカービン銃を今なお所持している事も、その気になればこの人口密度を活かして数十人をものの数分で殺せるという事も……知らず、考えた事もない人達。 教えても理解できないだろう。 そんな非現実的な事はない、と笑うだろう。...
殺したはずだ。 絶対に殺している。下っ腹に一発確実に叩き込んでいる。 それは出血とその後のアイがのたうち回る姿からしても確実だった。 逃げる彼女の背中を、しっかりと狙って撃ってもいるのだ。背後から心臓の位置を狙い澄ました。 百歩譲って……最後の一発は狙いがズレた可能性は、ある。 何せ他人が調整した光学サイトなど信用できないからとアイアンサイトのままだったし、そのアイアンサイトも調...
ショッピングモールにて指定された配置場所である五階の非常階段へ移動中、ノナは行動を開始する。 オペレーターを騙し、予定通りに空のリュックサックと、装備を入れてもらったリュックサックとを交換。 コインロッカーの上に手を伸ばした時、そこに鍵がなかったらどうしようかと人生で一番という程に緊張したが、問題なかった。三〇〇〇万を費やした意味がある。 そこからは流れ作業のようなものだ。...
人生を変えるにはどれだけのものが必要なのだろう。待雪ノナはある時からそんな事を考えるようになっていた。 普通の日本人ならば、恐らく大したものは必要ないはずだ。 当人達は政治がどうの世界情勢がどうの、生まれがどうの、親がどうの、環境が……と無様に喚き散らすかもしれないが、日本国民のほぼ全員が他国民に比べ、はるかに恵まれた環境にあると言っていい。 本人の努力やかける時間や勝負に出る覚悟…...
「松虫アイの映像を出せ」 楠木が言うと数秒と経たずにモニターに配置場所であるエスカレーター近くの、その五階ゲームセンターにおいて待機している彼女の姿が出る。 何故か男と一緒におり、行動を共にしている様子が続く。 そして、通信が途絶した時刻。少ししてから松虫アイだけが移動を開始し、カメラ映像から姿を消した。 男はしばらくスマホを手にしてその場に立っていたものの、どこかへと歩いて行く。...
「どうした?」 DAの司令部の一部のオペレーター達の動きが変わったのを、楠木は見逃さなかった。 司令部の大半の人員は現在、ファースト・リコリスである春川フキを中心とした拠点襲撃班に注視している……その最中の出来事だった。 「現在調査中で……」 「現状を述べろ」 「通信障害が発生したようで、現地との連絡が切れました」 オペーレーターの一人が慌ただしく手を動かしながら、困ったように言った。...
ノナが、笑った。 「わかんないよ、アイちゃんには」 それが嘲笑だというのが、アイには痛い程よくわかる。涙が滲んでくる。 「わかんないって何がだ!?」 ノナは確実にアイを殺しに来ていた。今までの銃撃もそうだったが、最後のは完全に頭を吹っ飛ばす一発だった。 アイがグロックを拾っている事を知らずに撃っていたし、グロックが弾を受け止めてくれたのは偶然以外の何物でもなかったのだ。 そう、わか...
頭は、そんなはずがないと、目の前の現実を受け入れようとしなかった。 むしろノナに抱きつこうと近寄ろうとしたぐらいだった。 しかし、アイの体は違う。 短期間の促成栽培でしかないリコリスとはいえ、それでも訓練はしているのだ。 特に銃を扱う上で基本中の基本――銃口の先に身を置いてはいけない、それは最初に教え込まれる。自分の銃口でも他人の銃口でも、当然敵の銃口からもだ。 それは頭が覚える...
「今、一人?」 優しげな顔の男がアイに話しかけて来ていた。 大学生ぐらいか……。何にしてもタイミングが悪い。 何せ、ゲームの途中である。慌ててアイは再び前を見て、バチを振り下ろす。 「残念。ムキムキのゴリラみたいな外国人彼氏と来てるよ」 「あぁいや、ナンパっていう感じじゃなくて……単純に凄いなって」 「別にぃ~、これぐらい普通じゃない?」 アイは言いながら、自分がちょっと集中し過ぎて...
「楠木司令」 名を呼ばれた楠木は足を止め、振り返った。 通路をトトトトと小走りにやって来るのはサード・リコリス。 特徴的なギャルっぽいメイクと長い金髪、そして制服の上に羽織ったカーディガンで松虫アイだとわかった。 「どうした。そろそろ出る時間だろう」 今夜に行われる二点同時作戦、その一つに彼女は配属されているはずだ。 出発時間の詳細まではさすがに楠木も知らないが、想定される作戦決行...
あの一件から、明らかにノナに変化があった。 課せられていない射撃訓練の他、セカンドが行う、何ならファーストも参加するようなペイント弾使用の、実戦さながらの戦闘訓練への参加や見学を積極的に行うようになっていた。 上層部は、これを死線をくぐり抜けた事によるポジティブな変化であると好意的に受け止めているようだったが、相棒のアイとしては不安の方が強かった。 どこか必死さ――生き急いでいるよう...
井ノ上たきなは手にしていた銃をしまうと、袖をめくった。損壊の激しい死体の胸ぐらを漁り、そしてズボンの方まで手を伸ばしていく。 当然彼女の白くしなやかな、リコリスらしさ――少女らしさを意図的に残されている腕は、男の血で染まっていった。 「えっと……何してんの?」 たまらずアイは誰に、というわけでもなく訊いてしまう。 「スマホか何かあれば先に確保しておきたいんだと」 意外な事に、軽く腕組...
『逃走していた目標の発見、及び処理を確認した。リコリス各員は随時撤収』 ヘッドセットからそう綺麗な女性の声で告げられると、松虫アイは歩みを止め、月の浮かぶ空へ向かって吐息を吐く。 拳銃――グロック21を握る手からも力を抜いた。 左手をヘッドセットへ向け、ティントリップで色を入れた唇を開く。 「やったの、誰?」 『待雪ノナ。お前の相棒だ』 その言葉を聞くなり、アイは「うしゃっ!」という...
「ルール的にはイカサマではない。単純に、洗牌と山を積む際、山のどこにどんな牌が積まれたかを見ていたんだろう?」 「そんなわけ……」 考えてみるに洗牌中、ガラガラと激しく混ぜるために牌は簡単にひっくり返ったりする。 もちろん山として積む際は、それらをきちんと伏せてからやるが……確かに、もし仮に目でそれらを追えるのなら、自分はもちろん、他人が作る山であっても、ある程度は牌の位置を特定できるか...