何年か前の出来事。
ある日、デバッグ中の部品に不具合が発覚した。担当技術者から報告を受けた時に僕が言った事。
「ありがとう」
担当者は、やや驚き、恐縮した表情で、「なぜそう言いますか。不具合を発生させたのは私です。プロの仕事として失格です」と。
僕はこう答えた。
「プロの仕事は、完璧な仕事をする事ではないです。特に当社は新しい技術やアイデアを具現化しており、その過程でミスや不具合は必ずつきもの。人間誰しもミスはある。貴方も知ってるように私なんてしょっちゅうだ。ミスを避けようとしたら挑戦はできない。大切なのは、ミスと不具合をはっきり認め、それを解決して次に活かすこと」
皆にわかるようにそう言った。
その背景には、過去の苦い思い出があった。
以前、会社で取引先と認識の齟齬トラブルが起きたとき、
担当者に経緯を確認すると、なぜか最初から
「私のせいではありません」
と弁明された事があった。
僕としては、誰が悪いかを決めたいわけではなく、取引先と認識違いが起きているなら、いつ、誰が、何を伝えたのかを正確に知りたいだけだった。
それを把握しないと、取引先と話ができないから。
でも、
「ミスを責めるためじゃない。事実確認が必要なだけ」
と言っても、相手の不安は消えず、結局、正確な経緯をなかなか把握できなかった。
こういうとき、ネットではよく言われる。
「それは上司がミスを許さないからだ」
もちろん、そういう場合もある。
でも、実際はそれだけではない。
上司が許しても、会社が許しても、
本人には別の恐怖がある。
「あの人がミスしたらしいよ」
「あの人の確認不足だったらしいよ」
「あの人のせいで揉めたらしいよ」
そう職場で思われること。
裏で言われること。
その空気が怖い。
だから、ミスを正直に話せない。
つまり、報告が上がらない理由は、
上司の怒りや評価への影響だけではないのだ。
職場の“陰の裁判”が怖い。
ここを理解してやる必要がある。
「怒らないから正直に言って」
だけでは、正確な情報は上がってこないのだ。
大切なのは、
ただ上司や会社がミスに寛容な姿勢を示す事ではない。
問題を隠さず、早く、正確に報告した人が、
ちゃんと職場でリスペクトされる文化を作ること。
これは決して簡単ではないが、とても大切な事。
正直に報告する人を、むしろ評価し、敬意を払。リーダーの仕事には、そういう文化を醸成することも含まれる。