自由とは勝ち取るものである。
憲法でも
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
と言っている。
明らか度を超えるものがあるから法は厳しくなるのだ。
仮にJapan Talk Roomが「初心者におすすめ」から外されたとしても、わたしは別に他の場所に対してそう言ったキャンセルは行わないです。
ポピ横さんもそういった、カオスな場所を求めてる初心者さんにはおすすめなわけですし。
これまでも「ポピ横で自治しよう」とかはしていませんし、JTRに関する措置はあくまでJTR内部のみを範囲として行使しています。
わたしは諸々の問題も基本ゾーニングと棲み分けの問題であると考えていて、「許される場所で許されることをすれば良い」というのもよく言ってるお話です。
「許された場所であれば、自由は最大限尊重されるべきだ」というのもわたしの考えです。
なので「そういう場」としてある場所であれば、その場のやり方に倣うのが良いと思いますし、他の場所を侵さない限りはそれで良いと思っています。
でも、思うんですよね。
真に自由を尊重していると言えるのはどちらなんだろう?
って。
「規制の厳しいコンテンツは許さない」「規制が厳しいところに対するキャンセルを行おう」「わざとやってやろう」という活動を行うのは、真に自由のための運動なのでしょうか。
今後のために、その点については考えてみて欲しいかなとは思います。
気に入らないものに対して、「票を集めてキャンセル」というのを当たり前の手法としないためにも。
わたしはその先で、さまざまなコンテンツやクリエイターが侵害され、排除され、自由が脅かされ得る未来を懸念しているので。