1886年から1922年にかけて建てられたウィンチェスター・ミステリー・ハウスは、アメリカ・カリフォルニア州サンノゼに実在する壮大な迷宮邸宅である。実業家の未亡人が、個人的な霊的強迫観念のみを燃料として、38年間にわたり24時間365日、独力で指示を出し続け、増改築を繰り返した。
家主のサラ・ウィンチェスターは、世界に普及したウィンチェスター銃の開発・ビジネスで巨万の富を築いた一族の未亡人だった。彼女は娘と夫を相次いで亡くすという深い悲劇に見舞われる。絶望の中で霊媒師の助言を仰いだ彼女は、「一族が製造した銃で命を落とした無数の人々の呪いが原因である」と告げられた。さらに「霊を慰め、自らの命を守るためには、西部へ移住して家を建て続けなければならない。建築の音が止まったとき、あなたの命も尽きる」という予言を信じ込んだ。
1886年、彼女はカリフォルニアの未完成の農家を購入し、設計図も建築許可もない、終わりのない建設作業を開始した。彼女自身が毎日大工たちに指示を出し、一度造った部屋を壊しては造り直す作業が続けられた。その結果、元は8部屋だった平屋は、最盛期には7階建て(のちの地震で4階建てに減少)、160以上の部屋を持つ巨大な怪物建築へと変貌を遂げた。
そこに完成したのは、実用性や科学的設計を完全に排除した、文字通りの「迷宮」であった。邸宅内には、開けると外の地面へ真っ逆さまに落ちる「ドア」、昇っても天井に突き当たる「階段」、壁に向かって開く「扉」、床に設置された「窓」など、構造的な矛盾がいくつも張り巡らされた。これらは、彼女を追ってくる悪霊たちの目を眩ませ、迷わせるための仕掛けであったとされている。
近隣住民や世間は、彼女を「巨万の財産を奇行に費やす狂った未亡人」と噂した。しかし、莫大な資産(現在の価値で数百億円規模)を持っていた彼女は、建築に携わる大工や使用人たちに当時の平均を大きく上回る高額な賃金を支払い続けた。結果として、地域の雇用を生み出し、関わった人々の生活を支えるパトロンのような側面も持っていたため、周囲から完全に排除されることはなかった。
1922年9月5日、サラ・ウィンチェスターが83歳で他界した。彼女の心臓が止まったその日、大工たちが打ち込んでいた釘の手は止まり、38年におよぶ建設の音はついに途絶えた。主を失った邸宅は、彼女の遺言によって姪に相続されたのち売却され、現在はアメリカの国家歴史登録財として保存・一般公開されている。悲劇的な呪縛と、それを建築という行為で鎮めようとした一人の女性の執念の跡は、今も世界中から訪れる多くの観光客を圧倒し続けている。