朝日新聞襲撃事件から39年となる5月3日、兵庫県西宮市の阪神支局1階に、犠牲になった小尻知博記者の拝礼所を設けました。西宮市民のみなさまを始め、たくさんの方が遺影に手を合わせてくださいました。
1987年5月3日憲法記念日の夜、朝日新聞阪神支局2階の編集室に侵入した男が散弾銃を2発発砲し、小尻記者を殺害。居合わせた記者1人も重傷を負いました。事件後に通信社に届いた「赤報隊」を名乗る犯行声明文には、「反日分子には極刑あるのみ」などと記されていました。事件は未解決のまま、すでに時効を迎えています。
当時の阪神支局員で、現場で事件を目撃した高山顕治・ブランド企画部主査が報道陣の取材に応じ、「あの時は散弾銃だったが、SNSでの誹謗(ひぼう)中傷など、闇に隠れて人を攻撃する風潮は今もある」「おかしいことはおかしい、と声を上げられる社会であってほしい」と語りました。高山主査は今や唯一の事件の目撃者。今夏定年を迎えるため、社員として最後の5月3日になりました。
小尻記者の遺影となった写真は、かつて高山主査が撮影しました。「原稿を書くのが大好きな人だった。もっと小尻さんの原稿を読みたかった」と言葉を詰まらせました。
ALT 5月3日、朝日新聞阪神支局の1階に設置された拝礼所。
ALT 5月3日、報道各社の取材を受ける高山顕治・ブランド企画部主査(中央)。