✦・┈┈┈┈┈┈┈┈ ・✦
『眷愛隷属』
特別書き下ろしショート小説
✦・┈┈┈┈┈┈┈┈ ・✦
「我が子の回想録」
弐式丞一(にしきしょういち)は代々続く討魔師の家系に生まれた。物心ついた頃には、当主の座を引き継ぐのだろうなと思っていたし、それは丞一が二十八歳になり、当主である父が亡くなって現実になった。
丞一は当主になった翌年、妻を娶った。
妻の名は井伊(いい)ほのか。長年、弐式家と対立していた家系の娘で、丞一と結婚した時はお家騒動に発展するほど大騒ぎとなった。丞一はあまり深く考えていなかったが、井伊家を厭う討魔師が意外にも多かった。井伊家は悪霊や妖魔を使役する家系で、眷属を憑ける弐式一族とは基本的に相容れない。とはいえ、丞一はほのかと出会い、結婚する運びとなった。丞一には井伊家に対する特別な感情はなく、会った瞬間にほのかを面白いと思ったのが結婚の決め手だ。
そもそも、ほのかとの出会いは異様だった。
ある日、裏山に登って景色を眺めていたら、隣にいた。丞一は討魔師なので、人の気配や人ならざる者の気配に敏感なのだが、その時はまったく気づかなかった。しかも丞一がいた山は弐式家の所有地で、一般人は入れない。それなのに、気づいたら隣に色白で切れ長の瞳の美女が立っていた。そしてにこりともせず、こう言ったのだ。
「あなた、お金持ちよね? 私、家事はひとつもできないの。結婚してくれない?」
淡々とした声音で彼女はそう言った。最初は狐狸の類かと思った。何しろ、彼女の気質が狐の眷属に似ていたからだ。だがよくよく見ると、自分と同じ人間で、浮世離れした女性だと分かった。
何で自分の家の裏山にいるのだとか、誰なんだとか、いきなり結婚の申し込みなのかとか、突っ込みたいことはいろいろあった。けれどそう思う一方で、彼女の存在がおかしくて笑いだしそうになっていた。自分も変わっているとよく言われるが、彼女みたいに超越してはいない。
「いいよ」
気づいたら了承の返事をしていて、初対面の女性と結婚することになった。
井伊ほのかと名前を明かされた時には少なからず驚いたが、運命的なものを感じて夫婦になった。結婚した翌年には長男の耀司(ようじ)を授かり、その三年後には有生(ゆうせい)という次男も生まれた。
耀司は丞一によく似ていたが、有生はミニほのかと冗談で言うくらい、妻にそっくりだった。特にじっと人を見つめる時の独特な雰囲気が似ていて、ほのかを嫌う一族の人間はもれなく有生も嫌いになった。丞一にとっては可愛い息子だが、有生が特殊な子どもであるのは間違いない。
「きちゅね、うるしゃい」
一人で歩けるようになると、有生はよく何もない場所で、ぶんぶんと手を回すことが多くなった。霊能力がない両親の下に生まれたら、きっと頭のおかしい子だと煙たがられたことだろう。丞一の目には、幼い有生の周りに、たくさんの霊狐がまとわりついているのが視える。つくづくうちに来るべき子どもだったと丞一は我が子を観察した。
霊狐は有生を仲間だと思っているようで、舐めて毛繕いしたり、遊ぼうと伸し掛かってきたりする。
「うるしゃいの! やーなの!」
有生はそれがうざったいようで、手足をばたつかせて騒いでいる。我が子の可愛い姿に微笑みを浮かべて見守っていると、隣にいたほのかが眉を下げた。表情筋が死んでいるとよく本人が言うように、ほのかは傍目には表情が変わらない。けれど傍にいる丞一には些細な違いが分かる。ほのかは今がっかりしている。
「私の狐とられた」
抑揚のない声でほのかが呟き、二歳児にライバル心を燃やしているのが伝わってきた。
「君の血が濃いようだな」
幼い息子に闘志を燃やす妻がおかしくて、丞一は笑いながら言った。
霊狐が常にまとわりついていたほのかと同じく、有生の傍にはいつも狐がいる。最初は鬱陶しそうにしていた有生も、半年もすれば霊狐がいるのを当たり前と捉えるようになったようだ。
「きちゅね、しぇいれちゅ!」
ある日の昼下がり、庭の池の前にいた有生が、たくさんいる霊狐相手にしゃべっていた。有生の言葉を受け、霊狐たちが、びしっと一列に並ぶ。
「じぇんしん! みぎみゅけっ」
有生は霊狐たちに指示を出している。どうやら軍隊のように霊狐を動かしているようだ。
「みこしっ」
有生の高い声の後、霊狐たちがわらわらと有生の周りに集まってくる。みこしとは何だろうと観察していると、霊狐が円陣を組み、幼い有生を担いで動き出す。
(あ、神輿、か……)
霊狐に担がれ、行きたい場所を指示している有生を眺め、丞一は空恐ろしいものを感じていた。二歳児が霊狐を操っている。しかも霊視のできる丞一には何が起きているか分かるが、一般人からすると二歳児が宙を浮いて移動しているようにしか見えない。
ふと見ると、いつの間にか隣に耀司がいて、庭を移動する有生を眺めている。有生もかなり霊能力が高いが、耀司も同じぐらい能力が高い。三つ上の耀司に、弟に対して思うところがないか心配になり、丞一は耀司の隣にしゃがみ込んだ。
「あー、耀司。あれを見てどう思う?」
もしかして耀司は弟を羨ましく思うのではと思い、丞一は慎重に尋ねた。霊狐は耀司に対してはあまり近づかない。幼い弟を嫉妬するか、逆に気持ち悪いと思うのか、耀司の感情を知りたかった。
「あれは、ゆうせいのひょうじゅんそうびですから」
子どもらしい幼い声で、耀司が言う。けろりとしていて、特に羨ましそうにしているそぶりもないし、煙たがっている様子もない。標準装備――五歳児が口にする単語ではないが、有生が変わっているように、上の耀司もまたふつうの子どもではない。
「そ、そう……。そんな難しい言葉、よく知っているね」
耀司の頭を撫で、丞一は二人の息子を交互に眺めた。討魔師という異色の家系に生まれた二人は、常人とは異なる世界を視ている。特に自分とほのかの血を引いている以上、視えない世界からの誘惑が多いだろう。願わくば、自分と同じように愛する人と出会い、人間らしい生活を送ってほしいものだ。
――そんなふうに考えていたことを思いだし、丞一は前庭の池に目を向けた。
「……当主」
低い声で呼ばれ、丞一は横を向いた。和装で縁側に座って庭を眺めていた丞一に、正座していた山科慶次(やましなけいじ)が声をかけてくる。慶次は有生の恋人で、狸の眷属と契約した若手の討魔師だ。人より霊狐に近く、同じ討魔師からも敬遠されている息子の有生は、まともな人生を歩めないのではないかと案じていた。人間嫌いで他人に嫌悪と惧れを抱かせる有生だ。丞一にとっては可愛い我が子だが、人と交わるには持っている『氣』が異質過ぎた。
けれど縁戚である慶次は、そんな有生をまともな人間に導く才能がある。あの有生が、慶次といる時には歳相応の人間らしい姿を見せる。
「当主、俺は有生の子どもの頃の弱みになりそうなエピソードを聞いたんです」
慈愛の笑みを浮かべて慶次を見つめると、眉根を寄せて歯ぎしりされた。
「そんな小さい頃からエリートだった話とか聞いてないんですよ! 二歳児で霊狐をいいように使ってたとか、すごすぎじゃないですか! めっちゃ羨ましいです!」
丞一の思惑とは裏腹に、慶次は悔しそうに拳を握っている。
「有生の子どもの頃の可愛いエピソードではなかったのかな?」
話し終えた後で勘違いに気づき、丞一は笑い出した。
「もう当主! あいつをぎゃふんと言わせるエピソードを下さいよ! あいつってば、朝から俺を困らせて大変なんです! 親なんだから何かあるでしょ! 一つくらい!」
慶次にすがられて、丞一は口元に笑みを浮かべたまま、その頭を撫でた。慶次のようにまっすぐでふつうの子と有生が特別な関係になれて、本当によかった。
この先も有生と末永く一緒にいてほしいものだ。
「これからも有生をよろしくね」
困惑する慶次に微笑みかけ、丞一は在りし日の妻の姿を思い浮かべた。
📚好評発売中
𝐁-𝐁𝐎𝐘 𝐍𝐎𝐕𝐄𝐋𝐒
「孤島の狐は尽くしたがり -眷愛隷属-」
著者/夜光花
イラスト/笠井あゆみ(
@Uzu20603216)
🔗
b-boy.jp/novels/234886
📝アンケートにご回答いただき、ありがとうございました!
もっとも多くの票を集めた
《有生の幼少期のかわいかったエピソード》
をテーマに、夜光花先生に書き下ろしショート小説をご執筆いただきます🦊💗
完成した作品は、Xとpixivアカウントにて公開予定です✨ぜひお楽しみに!