うん...ヤングケアラー問題だけでなく “ラベリング”の問題は ひとが社会性を持つがゆえに必ずといっていいほどつきまといますね... ...そこでの分岐点は“己を顧みる力”なのかもしれませんけどね...
アベプラの中でピアサポートの話が出ていた。自分たちも精神疾患の親をもつ子ども・若者等の社会から見えづらい存在の支援を考えるとき「支援する」の前にある「つながる」「つながり続ける」というフェーズをピアが後押しすると考えている中で、そこにはいくつかポイントがあると思うのだけど、1つに専門職とピアに対しての期待値の違いがあると思う。
専門職に対しては「この状況をすぐに解決してほしい、解決策を教えてほしい」という期待を持って相談につながることが多いが、簡単に変わらない状況の中で難しさがあり、本人の気持ちとしては期待外れになってしまいやすい(誰が悪い訳でもなく、人間の「期待」の難しさだと思う)。
でも、ピアに対しては「仲間が欲しい」「1人じゃないと思いたい(共感できる人を見つけたい)」といった期待を持ってつながることが多いので、比較的存在自体で期待を満たしやすい側面があると思う。(子ども・若者支援における「ピア」とは?の定義次第でもあるが)
だからこそ、ピアが相談するの手前に入ることで、その期待値のずれによる離脱みたいなのを防げる力があるんじゃないかなーと思ったりする。
ただ、だからこその危険性も大きくある中で、どうやってそこをマネジメントしていくかの整理も重要と思う