リーダーシップって泥かぶって育つので、痛みを伴ったり、しんどくなったりするけど、最終的に自分に取って良い形で成長しているんだよな。リーダーシップも筋トレ。
リーダーの大変さを知ってるからこそ、自律的な行動、チームへのフォロワーシップにも繋がる。なるほど、勉強になった。
リーダーシップは才能じゃない。生まれつきのカリスマ性でも、天性の統率力でもない。あれは「どれだけ泥をかぶってきたか」という苦労の総量に比例して磨かれる後天的な筋肉。もしその意味がピンと来ないなら、10人規模の飲み会の幹事をした経験を思い出してみて。返信が遅い人、当日に急なキャンセルを入れる人、文句ばかり言うのに何も手伝わない人、集合時間に毎回遅刻する人。誰も悪気はないが、全体の段取りを進めようとすると、信じられないほどの摩擦と負荷が発生する。
「なんで返事してくれないんだ…」「この人数で店押さえるってどうすれば…?」「またキャンセルか…」あの地味でしんどい数日間。予定を調整し、全員の機嫌と事情をすり合わせ、なんとか場を成立させるあの作業こそ、リーダーシップの原点。こうした他者の感情や行動を調整する経験が「他者理解」と「状況判断」を鍛える。
汗をかきながら段取りを整え、自分の意図が伝わらないストレスに向き合い、ときには理不尽を飲み込みながら、それでも全体最適のために働く。そこには「なんで伝わらないんだろう」「どうすればこの人は動けるようになるんだろう」という葛藤がつきまとう。それを乗り越えた分だけ他責ではなく自責で考えられる脳が育つ。この経験を積んだ人だけが、リーダーという立場がどれほど大変かを本当の意味で理解できる。
「誰かがやってくれるでしょ」「指示すれば動くでしょ」そんな甘い世界じゃない。10人の飲み会ですら大変なのに、10人の組織を動かす苦労はその比じゃない。
一方で、苦労を避け、泥をかぶらず、調整役を経験してこなかった人がリーダーになると、ほぼ確実に他責に陥る。「なんでやってくれないの?」「あいつは能力が低い」「この会社の仕組みが悪い」こうした言葉が出るのは、自分が同じ立場で苦しんだ経験がないから。苦労を避けてきた人は、チーム運営の難しさを理解できず、責任を周囲に押しつけてしまう。
強いチームとは、全員が小さなリーダーとして機能しているチーム。誰かが上から押しつけなくても、誰かが自然に段取りをし、誰かがフォローに入り、誰かが雰囲気を整え、誰かが全体を俯瞰して動く。役割の自律分散が起こる。この状態が成立するのは、チームのメンバー全員が、リーダーの大変さを経験しているから。
苦労を知っている人は、他者の努力を軽く見ない。心から感謝ができる。段取りの裏側を理解し、即レスし、言われる前に動き、責任を押しつけず、自走する。リーダーの仕事を自分ごと化できる。だから、強いチームは自然に調和し、スピードが生まれ、問題が起きても責任をなすりつけ合うことなく前に進める。
リーダーシップは肩書きでも性格でもない。「どれだけ泥をかぶってきたか」という経験値の総量。リーダーとは「上に立つ人」ではなく「一番泥をかぶった人」。泥を知らない人は、チームの痛みが分からない。痛みが分からない人は、責任の重さも分からない。責任の重さが分からない人は、決して人を導くことができない。
いいチームをつくりたいなら、面接でリーダー経験を問い、その経験がリーダーシップに昇華しているかを見極めよう。