ミュージシャン•音楽プロデューサー s-ken.asia

Joined July 2009
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“CuT SUIKA(カット・スイカ)”というユニットのメンバー、toto(トト)とATOM(アトム)や、なぜか現役の東京藝術大学生、それも先端芸術表現科の女子大生たちが、三崎港のs-ken studioへ頻繁にやってくる。 totoとATOMは、2003年に新宿MARZで行われていた「新宿スポークンワーズスラム(SHINJUKU SPOKEN WORDS SLAM)」以来の友人たちだが、なぜ芸大生たちまでがやってくるのかは、いまだ謎が多い。彼女たちの鋭い感性が、この南端の港街のどこかに惹かれているのだろう。 totoとATOM、そして彼らの活動に参加しているアーティスト、SHOJI WATARU(ショウジ・ワタル/庄子 渉)や OBATA JIN(オバタ・ジン/小畑 仁)がやってくるのは、たぶん私の70代になってからの詩的でスポークンワード的な作品表現が、彼らと共振しているからだと思う。 「千の目、友にはふさわしき贈り物」、「夜空にキスして天国を探せ」、「野良犬が消えちまった」といった楽曲で、多くの言葉を盛り込もうとするうちに、自然とこうした表現になってしまったというのが本当のところだ。 もちろん、そのルーツを挙げるとすれば、ヒップホップというよりもそれ以前の The Last Poets(ザ・ラスト・ポエッツ)や Gil Scott-Heron(ギル・スコット・ヘロン)、シャンソンの Jacques Brel(ジャック・ブレル)や Léo Ferré(レオ・フェレ)、さらには我が血が騒ぐ江戸の都々逸や端唄、浄瑠璃などから無意識に影響を受けているのだと思う。 ただ、90年代からアフロ・アメリカンを中心に、カフェやブックストアで“スポークンワード”という言葉とともに盛り上がってきたシーンには注目していて、Saul Williams(ソウル・ウィリアムズ)や Ursula Rucker(アースラ・ラッカー)、ジャマイカからUKのブリストルに移住した Linton Kwesi Johnson(リントン・クヴェシ・ジョンソン)などは、映画や音源を通してチェックしていた。 新宿スポークンワーズスラムも、こうした動きにいち早く反応して行われたのだろう。自作の言葉と声だけで1対1のパフォーマンスバトルを行い、勝敗を競い合う熱いトーナメントイベントで、そのチャンピオンたちによって結成されたユニットが“SUIKA(スイカ)”だった。近年、そのメンバーだったtoto(トト)とATOM(アトム)が“CuT SUIKA(カット・スイカ)”を始動させたという経緯(いきさつ)だ。 スポークンワードのシーンは、その後、グラミー賞で「Best Spoken Word Poetry Album(最優秀スポークン・ワード・ポエトリー・アルバム賞)」が新設され、テーマも多様化し、日系の Sarah Kay(サラ・ケイ)や UKの Kae Tempest(ケイ・テンペスト)も注目され、ますます盛り上がってきている。 私自身は、8年ほど前にアフロパンク・プロジェクト主催のニューヨークのイベントで見た、中国系ジャマイカ人、ステイシアンチン(Staceyann Chin)のスポークンワード・パフォーマンスが強烈で、以来注目し続けているが、日本では彼女も含めてスポークンワード・シーンがほとんど話題にのぼらない。 YouTube動画も即座にAIで翻訳できる時代。ヒップホップが様式化していくなか、今まさに、90年代からざっと見渡しても30人ほどはいる多様な素晴らしきスポークンワード・アーティストたちが、日本でも広く知られるようになるだろう。 “CuT SUIKA(カット・スイカ)”との、度重なる三崎港での密談。年内には私も参加する形で、何らかの実を結ぶものと思っている。
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少年のころから、何かとお世話になった衣子(きぬこ)叔母さんが亡くなった。 母の妹で享年96歳。大往生と言いたいところだが、晩年は両足の人工関節手術を受け、常に痛みとの戦いの日々だった。 小唄、端唄、新内、長唄が好きで自らも三味線を弾き、歌舞伎や池波正太郎の『鬼平』を愛読し、歌舞伎座の株主でもあって「海老蔵の助六」などに招待してくれた。 去年、『二丁鼓』という映画で主役をやったと告げると、 「またボケ老人の役かい?」 と言って笑った。 土屋太鳳さんの映画のことを思い出したのだ。 久しく叔母さんの笑顔を見たことがなかったから嬉しかったのだが、思えばそれが、叔母さんの最後に見る笑顔だった。 写真は昭和30年前後、港区虎ノ門で“OL”をやっていたころのもので、会社の同僚とのショット。右から2番目が叔母さんで、もともと母と似ていると思っていたのだが、葬儀でのやすらかな死に顔は母と瓜二つだった。 会社の同僚で、のちに結婚した亡き叔父さんからはボルサリーノの中折れハットを、叔母さんからは三味線を形見に受け継いだ。 「きぬこばちゃん!お別れです」
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映画“ストリートキングダム”に振り回され、半世紀も前の時空がよみがえることしきり。DRIVE FROM 80sが終わってもさらにさかのぼって写真などを眺めていたら、目にとまった1976年、ニューヨークのマンハッタン、ミッドタウンの239 West 52nd Street、名門ダンスホール「Roseland Ballroom」前のショット。 サルサの黄金時代を築いたレジェンドたちが一夜に集結しているラインナップ。 T. PUENTE (ティト・プエンテ)、HECTOR LAVOE (エクトル・ラボー)、MACHITO (マチート)、HARLOW (ラリー・ハーロウ)、J. CUBA (ジョー・クーバ)。 それに加え、当時、「キューバの伝統と洗練」へのリスペクトが共存していて、「しなやかで心地よいリズム」を求めて、TIPICA '73 (ティピカ73)、FAJARDO (ホセ・ファハルド)、ORQ. NOVEL (オルケスタ・ノベル)など、ニューヨーク風に進化したチャランガテイストのバンドが数多くフロアに繰り出していた。 海外特派員時代はいつでもモノクロフィルムのトライXを装填したカメラ、ニコマート(Nikkormat)を持ち、コンサートだけでなく、街路でのハプニング、肉屋、魚屋、地下鉄の迷路、見るもの触れるもの、ところかまわずシャッターを押した。 このサルサダンスイベントを写したモノクロフィルムのベタ焼き(コンタクトシート)の前後には、そんな雑多なものに混じって、『Slow Dazzle』や『Helen of Troy』をリリースしたばかりのジョン・ケール(John Cale)バンドや、解散直前(あるいは実質的な崩壊状態)の客が2、30人しかいないニューヨーク・ドールズ(New York Dolls)が写っている。 このコンタクトシート自体が、まさに1976年ニューヨークの「光と影」、「異ジャンルの同時多発的なエクスプロージョン」を証明する、音楽史的価値のあるアーカイブかもしれない。
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昨日5月6日の本番、DRIVE FROM 80s(新宿LOFT)、“s-ken & BimBamBoom”のライヴドキュメント。 オフィシャル写真家、西岡浩記からの特急便。@Hiroki_Nishioka “BimBamBoom”のメンバーは、山口美代子(Dr)、田中歩(Key)、Maryne(Ba)、岡愛子(G)、矢元美沙樹(Tenor Sax)。 10年近くプロデュースしてきたメンバーなので、目と目で以心伝心、気持ちよくパフォーマンスができた。 数年前、Billboard Live TOKYOでのライヴで予定されていたが、体調不良でゲスト出演が中止になった町田康との共演も、ついに実現できた。 「マジックマジック」の冒頭の歌詞、“壁に向かってブツブツと怒ってる、トラウマ男が旅にでた” から連想して、猛烈に怒っているパンク侍を見事に演じてくれた。 終演後、楽屋を訪ねてくれたのは、BauhausやLove and RocketsのDavid J. Haskins(デヴィッド・J・ハスキンス)。 デヴィッド曰く、“イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズみたいだったよ”と褒めてくれた。 そして、ふらつきながらもどうにかホテルまでたどり着き、禁酒を解いて、眠らない街・歌舞伎町の夜景を見ながら、友人が差し入れてくれたアイリッシュウイスキー“The Busker”で、ひとり乾杯した。
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新宿ロフト「DRIVE from 80s」、5月6日(水・祝)のためのリハーサルにゲストの町田康氏が参加してくれた。 “東京ロッカーズ”時代、彼とは京都のライブハウスで共演して以来、顔を合わせることがなかったが、5年ほど前に再会して何かと親交が続いている。 お互いめぐりめぐって、まさか同じステージに立つとは実に不思議な縁。 サポートのBimBamBoomも、s-kenとしても久々のライブ。 リハーサルからしてココロ震える時空だが、出番は午後7:40。三崎港から駆けつけ、待ち時間も長く体力勝負かな。 ゴールデンウィーク最終日、踊りながら待ってて! loft-prj.co.jp/drivefrom80s/
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80年代、ゴシック/ポストパンクの源流をつくったバンド Bauhaus の創設メンバーで、その後、Love and Rocketsでも国際的成功を収めたDavid J. Haskins(デヴィッド・J)が、三崎港の“s-ken studio”に息子と恋人たちを伴ってやってきた。 お互いパンク&ニューウェイヴ時代の流れでデビューアルバムをリリースしたこともあって、半世紀近くもさかのぼって話はつきない。 David J. は生涯を通して作家・劇作家・DJ・ビジュアルアーティストとしても活動を続けていて、もう少し時間があって私の英語も復活してきたら、何かコラボレーションでもできる要素が見つかりそうな気もした。 再会を約束して別れたが、彼らは三崎港で一泊し、私の方はBimBamBoomとのリハーサルで東京へ向かわねばならない。 またの機会があれば三崎港を案内し、その知らざる魅力を伝えたいもの。
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“s-ken & BimBamBoom”のライヴが迫ってきて、リハーサルのために東京へ。 去年は“H ZETTRIO”と、今年は“BimBamBoom”と、プロデューサーとして関わってきたミュージシャンたちと共演できるこの成り行きは、まさにミラクル。 プロデューサーといっても、本来は縁の下の力持ち。 売れれば自分たちの力、売れなければプロデューサーのせい……といった微妙な間柄でもある。 2年前に移住したときは、もうステージに立つことはないと思っていたのだが、かつて関わったミュージシャンたちが次々と三崎港を訪ねてきてくれ、また一緒にステージに立つ機会が巡ってくるなんて、こんなに嬉しいことはない。 “BimBamBoom”のメンバーは、山口美代子(Dr)、田中歩(Key)、Maryne(Ba)、岡愛子(G)、矢元美沙樹(Tenor Sax)。 リハーサルが始まると、久しく忘れかけていたパンクな活力がみなぎってくると同時に、彼女たちの成長を体全体で感じ、プロデューサーをやってきて本当によかったと思う。 5月6日の本番「DRIVE FROM 80s(新宿LOFT)」は長丁場。 他のバンドとの再会も嬉しいが、問題は“パンク老人”の体力が出番の午後7時30分まで続くのかということ。 パティ・スミスもデボラ・ハリーも、自分より年上でいまだ現役。 “Too Old to Rock ‘n’ Roll: Too Young to Die!”なんて言っていられないことは分かっている。 実は、イギー・ポップがパティ・スミスやデボラ・ハリーよりも年下だということは、あまり知られていないんだよね。 loft-prj.co.jp/drivefrom80s/
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s-ken & far east sessionsのメンバーであり、トリニダード・トバゴの本場大会で決勝まで進んだ稀有なスティールパン奏者・原田芳宏氏が、ゴールデンウィーク初日の4月29日、三崎港でフリーコンサートを開催することになった。 私が移住して以来、原田氏はたびたび三崎港に遊びに来てくれていて、シーサイドでひとり演奏した際の気持ち良さに魅せられ、今回ついに念願が叶ったという成り行き。 当日は、本場の決勝大会で入賞を果たした「PANORAMA STEEL ORCHESTRA」の精鋭メンバーを率いて、三崎港の中心部にある「うらりマルシェ」2階展望デッキに登場する予定だ。 🌴Panorama Steel Orchestra @三崎港うらり(2F展望テラス) 4月29日(祝) ライブ2回公演 13:00〜 / 15:00〜 入場無料 ※雨天時は屋内開催
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新曲のインスピレーションが降りてきてiPhoneにメモするのだが、新宿ロフトのライブには曲想が合わない。 というのも、久しぶりのライブで、執筆作業からようやくミュージシャン・モードに入ってきた成り行きだ。 5/6のBimBamBoomとの共演。彼女たちは今まさに血気盛んな全盛期、半世紀ぶりに『魔都』からも選曲するとなると、「老人よ、体を鍛えておけ!」なのだ。 三崎に移住して以来、降りてくる曲想はジャック・ブレルかウィリー・コロン、あるいはランディ・ニューマンもどき。まあ、リハーサルで東京に通ううちに、パンキーな気分も戻ってくるだろう。同い年のイギー・ポップのように。
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伝説の老舗ディスコ“エディーズ”のエディさんが亡くなった。写真は5年ほど前に写真家の上出優之利氏と一緒に福生、赤線通りへ会いに行った時のもの。 上出氏が被写体に選んだ最初の人物がエディさんで、僕が2代目ということになり、今でも光栄に思っています。 若き日、ハワイアンバンドに参加して東京の名だたるナイトクラブはほとんど出演したというエディさん。 「モテたでしょう?」 って聞いたら、 「いや、曲を覚えるので忙しくって、それどころじゃなかった」 と笑った。 笑顔が可愛らしくシャイなエディさんの面影が蘇る。冥福を祈ります。 📷 @masanori_kamide
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映画『ストリートキングダム』に関連してインタビューが続いている。 note.com/shinichi_takei/n/n1… 昨日公開されたのは、渋谷 Face Records の創業者・武井進一氏によるもので、“東京ロッカーズ”(1978)以前、僕が20代の頃の行動を深掘りしている。 そんなことに興味がある人がいるとは思えないが、武井氏は彼自身が知りたいことを探求し続けていて、そこに“s-ken”のキャリアが引っかかってきたということだろう。 30年にわたり渋谷を“レコードの街”にする役割を果たし、ニューヨーク・ブルックリンにまで支店を持った人物が、50代後半になって能動的に動き出している。 そのインタビューの内容は映画『ストリートキングダム』とはあまり関わりがなく、彼独自の興味を感じさせるものだ。 インタビューは昨秋に行われたものだが、数日前にはなんと、設立50周年の「トムス・キャビン」麻田浩氏と一緒に三崎港に現れた。 なぜこの二人が一緒に来るのか謎だったが、仕事場や北条湾沿いのベンチで話しているうちに、なんとなく分かってきた。 話のキーワードは、武井氏の夢が叶ってレコード制作した“立川談志”と、アメリカの商業デザインを刷新した革新的な日系アメリカ人、“ニール・フジタ”だ。 特に武井氏も麻田氏も、「アメリカ戦後デザイン史」「日系アメリカ人史」「ジャズ文化史」の三つが交差する、ドラマチックな来歴を持つニール・フジタ(S. Neil Fujita / 藤田定光)に関心があり、そこで出会ったという。 “アルバムジャケットも芸術である”という革命を起こしたニール・フジタの代表作は、以下のようなものがある。 デイヴ・ブルーベック『Time Out』 チャールズ・ミンガス『Mingus Ah Um』 マイルス・デイヴィス『'Round About Midnight』 武井氏や麻田氏と同様に、僕も彼らの“深掘り仲間”になったような気分。そんな小春日和の一日だった。
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“痛風とめまい”からどうにか脱出したが、朝から晩まで突然の突風のごとく、まことに忙しい。 エイプリル・フールにアップしたかった情報も時を逸した。 ライターの内本順一氏がアップしていた投稿にめまいがしてコピーしておいた情報だ。 半世紀近く昔、“東京ロッカーズ”を経てパンク&ニューウェイヴ・バンドが新宿ロフトで一堂に会した「DRIVE TO '80」のチラシに各バンドがメッセージを添えていた。 半世紀の時空を超えてタイムカプセルを開けたごとく、我が S-KEN 氏はこう書いている。 「願わくば、東京大地震の日、S-KEN はワールド・ツアー中でありますように又は、二十世紀の極楽コンビ、キートンと三亀松に捧ぐ」 幸いなことに東京大地震も起こらなかったしワールド・ツアーもならなかったが、キートンと三亀松は今でも敬愛し、“探偵学入門”の映画のパンフレットや三亀松のアルバム『おはこ集』を手に入れたばかりだ。 そしてまさに『ストリート・キングダム』原作者、地引雄一氏が絡んだ“DRIVE FROM 80s”が今月から来月へ、ゴールデンウィークの新宿ロフトで開催される。 さて今回は各バンドのメッセージはあるのだろうか。もしあった半世紀後、私の魂はいったいどこを彷徨っているのだろう。
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s-ken(エスケン) retweeted
『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』公開間近。 #東京ロッカーズ という日本初のパンクムーブメントに火をつけた男、s-kenが語る。 監督や出演者のインタビューはいくつか出てますが、ムーブメントを起こした当人のインタビューはかなり貴重なはず。ぜひ! showamild.com/blog/ド…
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前回の投稿に続いて、今回もロングインタビューのお知らせです。 note.com/kouenjibase/n/n8c7e… 映画『ストリート・キングダム』の公開が今日3/27ということで、それと前後して、昨年三崎港まで取材に来てくれたインタビューがぞくぞくアップされている。 そして、これで終わりじゃないのよ。この機会に「東京ロッカーズ以外のことも聞いちゃえ!」とばかりに、来月に入ってからもインタビュー公開が控えている。 今日アップされたのは、パンク/ハードコア専門の老舗「Record Shop BASE」の運営統括責任者、飯嶋俊男氏による取材。実は東京ロッカーズ関連の取材としては、去年の春と一番早かった。 Record Shop BASEは専門店の領域を超え、数年前には東京ロッカーズ・ネットワークの“チラシ”をダイジェストした『CHIRASHI Tokyo Punk & New Wave ‘78-80s』を、今年は新たにFRICTIONの写真集『JIBIKI YUICHI FRICTION 1978–1985』を制作・発売している。 プロのライターやエディターではないが、東京ロッカーズ前後についての関心と情熱たるや、細部まで凄まじいインタビューになっている。 Record Shop BASE recordshopbase.com 数年前、高円寺でFRICTIONのレックに再会したとき、真っ先に連れていってくれたのがこのレコード店。映画『ストリート・キングダム』では描かれていないが、FRICTIONもミラーズもミスター・カイトも、この界隈に住んでいてここが東京ロッカーズのバックボーンの街だった。以後、地方からの夢見るロッカーたちがまず目指す異邦人が住みやすい街になった。布袋寅泰も「たま」も、みんなここからジャンプしていった。
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映画『ストリート・キングダム』の公開が迫り、インタビューが立て続けに公開されている。 ひとつは、雑誌『昭和40年男』のパンク/ニューウェイブ特集号に掲載されたものの再構築ロングヴァージョンで、一昨日ネット上にアップされた。インタビュー&構成は内本順一氏。 showamild.com/ もうひとつは、ムック『J-Punk / New Wave 革命の記憶』に掲載されているインタビュー。こちらはムック全体の監修・執筆を松山晋也氏が務めている。 ele-king.net/books/012165/ 映画の公開に合わせ、似たような質問が続くのではないかと心配していたのだが、そこはプロのエディター&ライター。それぞれに特徴のある内容になっている。 内本氏は、故・川勝正幸氏と同じように生涯を通して原稿依頼や取材を続けてくれているだけあって、“東京ロッカーズ”を起点としながらも、その行動様式が現在まで繋がっているという視点でインタビューを構成している。 対して松山氏は、その行動様式から発する創作全体が“粋とヒップ”という美意識の追求にあるという視点に立ち、ムック全体とのバランスを取っている。 20代の頃、3年間の編集者時代と2年半の海外特派員時代、私も編集や取材に携わったことがある。彼らの仕事の苦闘、ハードワーク、そして醍醐味を想像すると、感謝の念に堪えない。 海外特派員時代には、LAでウィリー・コロンとボブ・マーリーにインタビューし、NYではデボラ・ハリーのアパートまで行って話を聞き、写真まで撮った。その写真には、彼女と共に部屋の窓から見えるエンパイア・ステート・ビルが写っていたのを覚えている。誰か、その連載が掲載されている『ロッキンf』のバックナンバーを持っていないかな。 松山さん、内本さん、ありがとう。欠点だらけのホモ・サピエンスの過剰なひとりとして、成り行きの命ずるままに歩んできた。 “東京ロッカーズ”も同様にダメモトの結果生まれてきた。 頭に浮遊する言葉は今でも、 “あわてることはない、どうにかなる”
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“ミサキのドン”で芸術家のヤマちゃんから、「“ハマのドン”を紹介するから」と連絡があった。 彼のアトリエに駆けつけると、“二代目ハマのドン”こと藤木幸太氏が、友人で元横浜DeNAベイスターズ監督のアレックス・ラミレス、ラミちゃんを伴ってやって来た。 なんでも藤木幸太氏は、約240〜250社の港湾関連企業が加盟する団体のトップであり、観光・スポーツまで幅広く関わり、港と横浜の未来をつくる実務家だという。 ヤマちゃんがなぜ“ハマのドン”を紹介したかったのかは謎だが、何を話していいか戸惑い、音楽の“ハマのドン”こと横山剣のクレイジーケンバンドの話題を振ると、どうにか会話が流れ始めた。終始笑顔で、偉そうなところがまったくなく、とてもフレンドリーな人だと感じた。ヤマちゃんと仲良しなのも納得。 ところで、僕のフェイスブックの名前は“曇エスケン”となっていて、“ドン・エスケン”と読む。実はポーランドのトルンという都市には、中世からエスケン(“Esken”, “Eskin”, “Eskenów”)という名前が存在し、Dom Eskenów(エスケン家)がトルン歴史博物館になっていることに由来する。 というわけで、今週の月曜日は“ドン”づくめの一日になった。
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映画「ストリート・キングダム」の原作者、地引雄一と高木完プロデュースのライブイベント「DRIVE FROM 80s」に参加することになった。 会場は50周年を迎える“新宿LOFT”、東京ロッカーズネットワークゆかりのアーティストがゴールデンウィーク、4月30日、5月6日、7日、3日間、総勢19バンドが集結。 私の出番は5月6日(8PM~)、現在休止中の「ファンク・ミーツ・パンク」といわれる女性5人バンド、BimBamBoom(ビンバンブーン)との共演が実現。 メンバー山口美代子(Dr)、田中歩(Key)、Maryne(Ba)、岡愛子(G)、矢元美沙樹(Tenor Sax)が一夜限りだが復活し“s-ken&BimBamBoom ”として出演することになった。 また数年前、Billboard Live TOKYOでのライヴで予定されたが体調不良で出演中止になったパンク侍、町田康のゲスト参加も決まった。 乞うご期待、踊りながら待ってて! ■ DRIVE FROM 80s 名企画「DRIVE TO '80」最新版が開催 地引雄一&高木完プロデュースのもと、ゆかりの人物集結(音楽ナタリー) news.yahoo.co.jp/articles/a1… ototoy.jp/news/128972 日本のパンク/ニューウェーブ オリジネーター総出演 新宿LOFT 2026年4月30日(木) <出演者> LIVE:ヒカシュー / NON BAND / ホンノマジカナハル(ゲスト:ヤマジカズヒデ) / コンクリーツ / N13 / kummy (ex.BOYS BOYS) / たぬとら DJ:高木完 2026年5月6日(水・振休) <出演者> LIVE:s-ken & BimBamBoom(ゲスト:町田康) / AUTO-MOD / 突然段ボール / LIZARD トリビュートバンド / SHE TALKS SILENCE / リンゴリラ(ex.あけぼの印)(ゲスト:JON(犬) / シルエット近藤) DJ:高木完 2026年5月7日(木) <出演者> LIVE:捏造と贋作 / 立花ハジメ+Hm / Here is Eden(秋山勝彦+泉水敏郎) / LUV HOTELS DJ:高木完 and more 写真撮影 上出優之利
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