信じられないことは、信じることから生まれる。
ダメな理由を並べるのは簡単だけど、じゃあどうしたら出来るのかを話して、決めて、実行するのは容易じゃないと思います。
カフィはポーカー業界を応援します(´・ω・`)
#JOPT #ポーカー #FLAPO
私の立場と、今回の宣言に対する所感について
まず前提としてお伝えしたいことがあります。
私は現在、日本ポーカー事業者連盟の理事を拝命していますが、
この立場によって特定の大会や団体から金銭的な利益を受け取っている事実は一切ありません。
何かの意思決定において便宜を図ってもらったこともなければ、
理事という肩書きによって得をしている感覚も正直ありません。
むしろ実態としては、理事就任後も自費で年会費を支払い、
自分の時間と労力を使って「業界のために参加している」立場です。
これは私に限らず、こうした業界団体に関わったことがある方であれば分かると思いますが、
金銭的リターンではなく、業界の健全な発展を願って関わっている人がほとんどだと思っています。
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結論から言うと
今回のJOPTの宣言に対して向けられている
「グレーを作ってきたのはJOPTだ」「儲けのためにやってきたのではないか」といった批判について、
私はその多くが現場や構造を理解していない議論だと感じています。
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日本のポーカー産業は、まだ“発展途上”の産業です
日本国内でポーカー産業がここまで拡大したのは、
コロナ以降のここ5〜6年という、極めて短い期間です。
・大会の規模
・会場演出
・プライズの設計
・アミューズメントとしての完成度
こうした要素に対して賛否があるのは当然ですが、
世界的に見ても、日本独自の進化を遂げてきた分野でもあります。
上流側で大会運営や事業設計に関わっていると分かりますが、
法人として大会を運営する以上、利益を残すことは“悪”ではなく責務です。
なぜなら、その利益が
・次回大会の規模拡大
・演出や装飾への投資
・プレイヤー体験の向上
につながる原資になるからです。
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「グレー」という言葉について
今回、コインの扱いなどを含めて「グレーだ」という声が多く上がっています。
ただ私は、少なくとも“議論の余地がある領域をどう広げるか”という挑戦だったと捉えています。
ポーカーは
・完全なマインドスポーツでもなく
・完全なギャンブルでもない
この性質の両立を、日本の法解釈の中でどう成立させるか。
そのためには、一定の拡大解釈に挑戦しなければ、
そもそもゲームの本質が成立しません。
パイオニアは、常に批判にさらされます。
道を切り拓く側が叩かれ、
その道を踏襲する側が「安全」に見えるのは、どの業界でも同じです。
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業界全体への影響という視点
私が主催・関与している大会を含め、
国内の多くの大会が成立しているのは、
JOPTという前例があったからです。
「ここまではできる」
「ここは慎重にやるべき」
そうした判断基準が可視化されたこと自体が、
業界全体にとって非常に大きな価値でした。
私はどちらかというと、
よりセーフティに、
警察や関係各所と対話しながら進めていく立場ですが、
それができるのも先に道を切り拓いた存在があったからです。
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だからこそ思うこと
「グレーにして儲けてきた」
「プレイヤーを食い物にしている」
そういった一面的な批判は、
私は正直ナンセンスだと感じています。
声を上げる人が目立つ一方で、
・楽しかった
・JOPTがあったからポーカーを始めた
・国内でここまで遊べるようになった
そう感じているサイレントマジョリティがいるのも事実です。
その声も含めて、
一度冷静に構造と歴史を見た上で議論してほしい。
それが、今回これを書いた理由です。
最後に(まとめ)
批判をしたい人が批判をすること自体は、私は自由だと思っています。
そこにはそれぞれの価値観があり、感じ方があるのも当然です。
その上で、今回この文章を書いた理由はとてもシンプルです。
「事業者側から見ると、こういう景色が見えている」
その目線を、できるだけ多くの人に知ってもらいたかった、という一点に尽きます。
大会の裏側には、
表に出ることのない調整や苦労があり、
リスクを取りながら、少しずつ“許容される範囲”を広げてきた人たちがいます。
その積み重ねがあったからこそ、
今の国内ポーカーの環境があり、
多くのプレイヤーが楽しめる場所が生まれてきた、
私はそう見ています。
だからといって、
すべてを肯定すべきだとも思っていませんし、
批判が出ること自体を否定したいわけでもありません。
ただ、
「全否定されるものでもないし、全肯定されるものでもない」
その中間にある、見えにくい現場の声や事業者側の感覚も、
議論の材料として存在していいのではないかと思っています。
今回は、
普段あまり表に出ない、
いわば“声を上げない側の感覚”を、
あえて言葉にして伝えさせてもらいました。
これが今回の文章を書いた趣旨であり、
私なりの所感です。