新人時代、ハドソン中央研究所に中本さんから外線があったんですよ。
開口一番に中本さん、「ハゲいる?ハゲ」。
「申し訳ございません、こちらにハゲという者はおりません」
完璧な応対よ。
「じゃあお前がハゲだと思う奴に繋いで」
完璧なカウンターよ。
「ヘクちゃんに繋いで」
渾名で言うな。
中本伸一(なかもと しんいち)氏は、かつて数々の名作ゲームを生み出したゲームメーカー「ハドソン」の伝説的な天才プログラマー・ゲームクリエイターです。後にハドソンの代表取締役副社長も務めました。
ハドソンにおける経歴や代表作、現在の活動について詳しくまとめます。
経歴とハドソンでの活躍
•ハドソン入社の経緯: 北海道大学工学部に在学中、アルバイトとしてハドソンに関わったことがきっかけです。当時まだ黎明期だったパソコン用ゲーム(シャープのMZ-80K向けなど)の開発で頭角を現し、大学を中退して正式に入社しました。
•開発の最高責任者: ハドソンが任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)に初のサードパーティとして参入した際、ソフト開発の総指揮を執りました。
•副社長への就任: 技術面だけでなく経営面でも会社を支え、1986年に取締役に就任した後、1999年には代表取締役副社長に就任しました。
主な開発・プロデュース作品
ハドソンの黄金期を築いた初期の名作の多くに、中本氏がメインプログラマーやプロデューサーとして深く関わっています。
•『ロードランナー』(ファミコン版): パソコンからの移植作であり、ハドソン初のミリオンヒットを記録しました。
•『ボンバーマン』(初期シリーズ): 中本氏が『ボンバーマン』の生みの親(作者)として非常に有名です。
•『スターフォース』(ファミコン版移植): 高橋名人の16連射ブームのきっかけとなったシューティングゲームです。
•Hu-BASIC / PCエンジン: ゲームソフトだけでなく、シャープ製パソコンの言語システム(Hu-BASIC)の開発や、のちにハドソンが任天堂の対抗馬としてNECと共同開発したゲームハード「PCエンジン」の仕様策定にも関わりました。