自分の人生で一番つらかった時期は、中学校時代だった。
児童相談所から祖母に引き取られ、生まれた瀬戸内の島へ戻った。
入学して一ヶ月もすると、この島のルールが見えてきた。
「・・・おい・・・銀次郎・・・お前、毎月1000円じゃけえの。」
Iという生徒がそう言った。
祖母に心配をかけたくなかった。
だから誰にも何も言わなかった。
だが、この島では目立つ者よりも、周囲に合わせない者のほうが嫌われた。
教師たちも学級をまとめられず、学校はどこか無法地帯のようだった。
二年生になる頃には、学校へ行くのをやめた。
理由は言わない。
朝、家出を決めて、山の中腹の小屋へ向かった。
不登校の少年が昼間に歩いているだけで、人々は珍しいものを見るような目を向けた。
山小屋でひとり座りながら、
「・・・なんでこんなところに来てしもうたんや。」
と思ったことを覚えている。
そこからしばらく山小屋暮らしが始まった。
夜になると少し気が楽だった。
夜は自分の姿を隠してくれたからだ。
だからよく島の波止場へ行った。
対岸には映画館も本屋もデパートもある本土の灯火がみえる。
外灯に照らされた誰もいない船着き場は美しかった。
人さえいなければ、ここは美しい。
そう思いながら、本を読んだり、絵を描いたりしていた。
ある夜、海面に白いものが二つ見えた。
"チュ・・・チュ・・・チュ・・・"
鳴きながら、水面すれすれを泳いでいる。
持っていたタモを伸ばし、そっと掬ってみた。
手のひらの半分ほどしかない、小さな白いイカだった。
二匹は寄り添うように泳いでいた。
なぜそんなことをしていたのかは分からない。
ただ、その姿が妙に心に残った。
しばらく見つめたあと、そっと海へ戻した。
そして思った。
「・・・次の世というものがあるのなら、自分はお前たちにこそ生まれてきたい。」
潮の匂いと、黒い海。
あの夜の波止場だけは、なぜか今でも忘れられない。