「AIで人間が退化する」「人間性が失われる」という言説が、ネットの海にも現実の会話にも反響している。しかし、ここで一度足を止め、その言葉の根底にある前提を疑わなければならない。そもそも、私たちが死守しようとしている「人間性」とは、一体どのような輪郭を持ったものなのか、という問いである。 人間同士のコミュニケーションは、本質的に不完全でノイズに満ちている。言葉の定義の微妙なずれ、文脈の勘違い、...
花祭り 今日、4月8日は花祭りです。 先日、村のお寺でも花祭りがありました。県内各地、全国でも、4月8日を起点として近い日に花御堂を出すお寺はたくさんあります。年に一度、この日をご縁に境内に現れる小さな花の家。そこに立つ幼子の像に、甘茶をかける。それが花祭りです。 子供の頃、この日には張り子で作られた大きな白い象を引いて、村の中を練り歩きました。お寺に着くと、たくさんのお花で飾られたお御堂の...
約25年前、Web業界の片隅に足を踏み入れていた頃、私はある妄想を抱いていた。「いつか、ドラゴンボールのスカウターのようなものが現実にできるのではないか」と。 漫画の中でスカウターは、相手の「戦闘力」を数値で表示するデバイスだった。それと同じように、人間にデバイスをかざすだけで、その人物の略歴、発言、思想、経歴といったデータがネットの海から瞬時に集積され、可視化される。当時はそんな話をしても...
家の庭に春告鳥が来る季節になった。 この時期になると体調を必ず壊してしまう。39度の熱が出た。会社を休んだ。数日、家で寝たきりになっている。しんどい。 ソメイヨシノが咲いて、ウグイスが鳴く。 夜半の雨風に耐え抜いた、無常の淡い景色の中で、「法聞けよ」と呼びかける。 申し訳ない気持ちで、枕元でその呼びかけを聞く。 山を去ってから2年が経った。 あの山では、やかましいくらいにウグイスが鳴いていた。...
Flickr(フリッカー)という写真共有サイトがある。 アカウントを作った当初、当時勤めていた会社のクリエイターの方に「ここはクリエイティビティの高い写真をアップする場所だから」と言われた。クリエイティビティの欠片もない自分が投稿していいものかと気後れしながらも、おそるおそる、好きな写真を撮ってはアップしていた。 カメラは富士フイルムのNATURA CLASSICA(ナチュラ クラシカ)。...
実家にあるお仏壇。 毎日手を合わせている方もいれば、お盆や法事のときだけという方も多いかもしれません。 一般的には、「亡くなった家族やご先祖様にご挨拶する場所」というイメージが強いと思います。けれど、お仏壇は最初からそういう意味だったわけではありません。 近年、お仏壇を持たない家庭は確実に増えています。住環境の変化が理由としてよく挙げられますが、それだけではないように感じます。もしかすると私...
蓮如上人は『御文』の中でこのように仰せになられました。 「おもひ内にあればいろ外にあらはるるとあり。されば信をえたる体はすなはち南無阿弥陀仏なりとこころうれば、口も心もひとつなり。」 蓮如上人御一代記聞書 訳:「心に思うことがあれば、それは自然と外に形となって現れるものである。それゆえ、信心を得た姿とはそのまま南無阿弥陀仏(とお念仏の出ること)であると心得れば、口に称えることと心に思うこ...
朝の山は、鋭い刃物のように冷たかった。 昨夜まで山肌にまとわりついていた濃い霧は、日の出とともにどこかへ身を隠してしまったようだった。見上げれば、高く澄んだ空が広がっている。だが足元には、昨日からの古い湿り気がまだ重く残っていた。頭上の杉の木立が光を遮り、冷えた空気を地面へ押しつけている。 杉の葉先に、夜の間に結んだ水滴がぶら下がっている。枝がわずかに揺れるたび、その小さな雫が光を細く弾き、...
山の朝は、妙に白かった。 霧はない。昨夜まで杉の梢に絡みついていた湿り気も、今日はどこか薄い。代わりに乾いた光が、御堂の柱の傷や、板の反りや、濡れ縁の黒ずみを、逃げ場のないほどはっきりと浮かび上がらせていた。 あまねは、いつもの場所にしゃがみ込んでいた。雑巾を板に押しつけ、ゆっくり横へと動かしていく。傍らの桶の水は相変わらず黒い。拭いては浸し、絞るたびに、濁りが板の目に沿ってじわじわと広がっ...
朝の山は、まだ夜の底を引きずっていた。 細かい霧が杉の梢に絡みつき、空の輪郭を白く濁らせている。濡れ縁の板は昨夜の湿気をたっぷりと吸い込んでいて、体重をかけるたびに鈍く軋んだ。 あまねはしゃがみ込み、黙々と雑巾を板に押しつけていた。傍らの桶の水は、相変わらず墨のように黒かった。拭いては浸し、絞るたびに、濁りが板の木目に沿ってじわじわと滲んでいく。ぎゅっ、ぎゅっ、と湿った布が木肌を擦る音だけが...
先日、村の幼馴染と偶然同じ店で出会いました。 時折、村で集まりがあって、みんなで飲んだりしているのですが、私は夜勤が多いのでなかなか参加できずにいます。 だから、ちょっと久しぶりです。 「おー!たいわーん!」 中学の頃、台湾に住んでいたことがあるので、地元の連中は私をそう呼びます。もう一つのあだ名は「おけちん」です。 竹内 → たけちん → おけちん。そんな具合です。 坊主になったとか、仕事...
山奥の朽ちた御堂に、ひとりの男が住みついている。世間からこぼれ落ちるようにして流れ着き、ただ静かに腐っていくことを望んでいる男だ。だが雨の夜を境に、その御堂には少しずつ人の影が集まりはじめる。虐待の痕を残す母娘、無菌の正論を振りかざす青年、そして掃除道具を抱えて現れる女子高生・あまね。彼らの抱える怒りや後悔や欠けたものが、湿った木の匂いのする御堂に静かに沈んでいく。カラスの声と雨音の中で、男...
あまねを怒鳴りつけて追い返してから、御堂はしばらく人の気配を失っていた。 山の時間は町よりも遅い。それでも、空の色や風の匂いが少しずつ変わっていくのを見ていると、日付というものが確かに積み重なっているのが分かる。雨のあとに濃くなった苔の色や、濡れ縁の板の乾ききらない鈍い艶が、季節のわずかな移ろいを黙って知らせていた。 御堂の静けさは、以前と変わらないようでいて、どこか質の違う沈黙を抱えている。...
家族が亡くなったとき、私たちは最初に一枚の書類と向き合います。それが「死亡届」です。 ご移送時の葬儀打ち合わせの場で、ご遺族に必ずこう尋ねます。 「本籍地はどこですか?」 すると多くの方が少し戸惑います。今の住所は分かるのに、本籍地となると急に分からなくなるからです。 なぜ、亡くなった人の手続きに本籍地が必要なのでしょうか。 その理由をたどっていくと、日本の戸籍制度、檀家制度、そして日本人の...
濡れ縁の板は、昨日よりはほんの少しだけ乾いていた。見た目には白茶けた木肌を取り戻しているように見える。だが、足の裏で踏みしめてみると、まだ芯の奥底に冷たい水を抱え込んでいるような、鈍く粘り気のある感触が伝わってくる。 山の湿気というのはしつこい。空が晴れていても、土も木も、まだ昨日の雨を抱え込んだままだ。踏むたびに、板の奥からじっとりとした冷えが足裏へ滲んでくる。乾いたように見えて、実際には...