補足すると、否定や警鐘には共感できる部分もあります。
ただ、自分は「盛り上がらなくなった」その先に、どんな希望や理想があるのかも知りたかった。
人が減ることによって解決する問題もあるかも知れない。
しかし、人が減ることで失われるものもある。
釣具店、メーカー、遊漁船、メディア、地域経済、そして次の世代との接点。
そうした魚と人が織りなす文化が失われていった先にある、「国破れて山河在り」のような世界に、自分はあまり希望を見いだせません。
そして、共生社会である以上、「本物だけが残る」という未来は現実にはなかなか訪れない。
現実には、本物だけが残るのではなく、良識ある人から去っていくこともある。
良識ある人が去った後、その場所を使うのが誰なのかまで考えてみたい。
残念なことに、「人が減れば自然と良くなる」というほど、現実は単純ではなくなってしまっている。
それは近年の大阪湾港湾部のフィールド状況を見ても感じるところです。
「釣りを盛り上げたい」という言葉に対して、様々な意見があるようですね。
本日、フォロワーさんにお子さんが生まれたという嬉しいポストを目にしました。
未来の釣りガール誕生の吉報を聞きながら、「釣りを盛り上げるって何だろう」と考えたことを書き記します。
人口を増やす、売上を伸ばす、市場を拡大する。
そうした経済的な合理性を最優先する方向に違和感を覚えることは理解できます。
実際、マナー問題や環境負荷が生じるし、フィールドのキャパも無限ではない。
だから「業界が縮小しても構わない」「釣り人が増えなくてもいい」「本物だけが残ればいい」という考え方も一理あると思う。
ただ、その考え方だけでは少し寂しい気もする。
現状の課題には目を向けていても、未来への希望までは語っていないように感じるから。
釣りを取り巻く世界は、魚と釣り人だけで成り立っているわけではない。
釣具店があり、メーカーがあり、遊漁船があり、メディアがあり、地域経済があり、そして何より家族がいる。
釣りが好きで業界を目指す若者がいる。
その若者が仕事として釣りに関わりながら生活を成り立たせ、家庭を持ち、休日には家族と釣りを楽しむ。
子どもが自然と魚や水辺に親しみ、やがて次の世代へその楽しさが受け継がれていく。
そんな光景もまた、釣りという文化を支える大切な一部だと思う。
自分にとって「釣りを盛り上げる」とは、必ずしも人口を増やすことでも、市場規模を拡大することでもない。
もちろん業界を維持するためには一定の市場規模や経済性は必要。
しかし、それは目的ではなく、釣りを通じて豊かな時間を過ごす人が増えた結果としてついてくるものだと思う。
子どもと休日を過ごせる。 自然の中で心が休まる。釣り仲間との交流が生まれる。 定年後の生きがいになる。
仕事や家庭と両立しながら、一生付き合える趣味になる。
そんな価値の積み重ねが、結果として釣り人口や市場を支える。
だから自分は、爆発的なブームよりも、穏やかで持続的な循環に価値を感じます。
釣りが好きな人が釣りを続けられる。 その楽しさが次の世代へ手渡される。
そして、その輪が少しずつ広がっていく。
そんな未来を信じながら、自分たちは活動を続けています。