あいちトリエンナーレ表現の不自由展炎上で中止、国旗損壊罪の制定と同じ思考回路だと思う。個人的な「不快」というお気持ちをぶつけ、他人の表現を規制しようとする。
バンクシーの絵でクレヨンの弾を仕込んだ銃を構えた子供の絵があります。反戦の表現は人それぞれです。
目くじらを立てた1人です。
なんです、この全く関係ない2つの事象を並べ立てるやり方?
新聞記者がストローマン論法ですか?
プロフィールに書かれている「あらゆる差別と戦争に反対」という言葉はなんなんですか?
もう私はうんざりなんですよ。
銃を含めて、武器やで人が殺し殺されるのは。
銃が戦争で使われるようになってから、どれだけ人が殺されたんでしょうね?想像すらできません。
「あらゆる差別と戦争に反対」なんですよね?
もちろん今まで、銃で殺されてきた人たちの写真や動画はご覧になっていますよね?
例をあげたらきりがないです。
映像がいくらでも出てくるガザや西岸地区で、市民が殺されるものは見ていますよね?
それなのになぜ、そこまで「銃に対して鈍感」なのですか?
問われているのは、戦争に反対する人間が、なぜ主張のためなら玩具といえど「銃を使ってもいいのか?」です。
表現が過激であっても私は全然いいと思っています。
ですが、その表現方法は当然熟慮を必要とします。
ファシストを批判する方法ならいくらでもある中で、「なぜ銃を使うんだ?」です。
私は当然、表現者としてだけでなく、戦争に反対する一市民として、そこには目くじらを立てます。