なにかを批判するときは、その批判が反批判に耐えうるかを考えてからすべきでは。「集団の熱狂」の中にいたのが自分の側だった可能性なども、視野に入れていただきたい。立花孝志が動員したのも、自分自身はありふれた一個人と思っている無数の人々でした。
正直、疲れてしまい、たぶんしばらくデモには参加できないと思います。
特に大きめのデモは難しいかも。
19日の国会前もためらいます。
デモの重要性に背を向けているわけではないです。
ただ、集団に対する嫌悪感や警戒感が今は勝ってしまい…。
自覚がなければ、兵庫の立花孝志みたいなことはいくらでも起きる。
入り口は右でも左でも、上でも下でもどこでもいい。
私はそういう熱狂に加担したくない。
もはや私は非国民ですね。