本1冊1,000円のうち、出版社が受け取るのは700円、取次(トーハン・日販)が80円、書店が220円です。取次は今回、この配分を変えるよう出版社に要求しています。「もう本は運べない」というのが、その理由です。
書店はこの30年で約6割が消えました。2025年時点で全国の書店数は9,993店。ピーク時(1998年度)の24,237店から半減どころではありません。書店が1軒もない自治体は、今や全国の28%に達しています。10市町村のうち3つには本屋がない。
雑誌の週刊誌に至っては、返品率が初めて50%を超えました。売れた分と同じだけが返ってきているという意味です。
取次の収益構造は薄利多売です。1,000円の本が1冊売れても、取次の手元に残るのは80円前後。そこから倉庫・輸送・仕分けのコストを払います。さらに2024年以降、トラックドライバーへの労働時間規制が本格適用され、輸送コストが構造的に上昇しています。規制前の試算では2024年度だけで輸送能力が約14%不足するとされていました。
トーハンが示した素案は、本の定価を1,167円に上げたうえで、取次の取り分を10%(117円)、書店の取り分を30%(350円)に改定するというものです。定価が上がれば各社の絶対額も増える計算です。
ただし、これは読者に値上げを求めることになります。
この問題を「取次が弱音を吐いている」と見るのは、現象の表層しか捉えていません。
出版物には著作物再販制度があり、書店は定価でしか本を売れません。スーパーが閉店セールで食品を値引きするような調整が、本にはできない仕組みです。これは独占禁止法の適用除外として70年以上維持されてきた制度です。公正取引委員会は2001年の報告書で「競争政策の観点からは廃止すべき」と明記しながら、「国民的合意が得られていない」として存置を選択しました。その判断から25年が経過しています。
委託販売制度も同様です。書店は本が売れなければ返品できる。リスクを取次と出版社が吸収する構造です。返品率が30〜50%に達しても制度が変わらなかったのは、この仕組みがあったからです。
つまり今起きていることは、需要に合わせた価格や流通量の調整を禁じてきた制度の下で、物流コストという外圧が限界点に達したということです。
取次が「撤退」という言葉を使い始めたのは、2026年でちょうど77年目にあたる現行取次体制の耐用年数が尽きつつあることを示しています。取次が悪いのでも、書店が怠けているのでもありません。価格競争も、需要に応じた柔軟な供給調整も制度的に封じられた流通が、電子書籍・ネット通販・物流コスト高騰という三方向からの圧力に耐えられなくなっています。
マージンの数字を変えるだけでは、書店の閉店は止まりません。定価を1,167円にすれば読者の一部は電子書籍か購入断念に流れます。制度を変えなければコスト構造は変わらない。制度を変えれば出版文化の多様性に影響が出るという議論が再浮上する。
どの道を選んでも痛みがあります。問題は、その痛みを誰がどの順番で負うかが、まだ決まっていないことです。
取次の「もう運べない」という言葉は、その決断を迫る最後通牒として読むべきです。