これはJA職員時代に出会った農家Kさんの話
その時、その人は『失敗した』と、私にそう言った。
娘2人 息子1人 息子に英才教育をし、医者になりたいと医大に行かせ、見事息子は医者になった。親として手放しで喜ぶべきことだった。
ほどなく息子は結婚したが、彼の嫁さんは農業を営む息子の実家に行きたがらなかったという。息子も当然医者になった以上、実家に留まらず夫婦で街に居を構えて暮らすようになった。
嫁さんは息子が実家のことを気にかけ何を言っても聞く耳を持たなかったという。Kさんは今年80歳を超え、年金も貰っている。奥さんは先立ち、数十年前に建てた大きな家に住んでいる。Kさんには今、後継者がいない。
息子の職業を考えれば致し方のないことで、職業選択の自由が個人にある以上、医者になって外に出て行くことは悪ではない。嫁さんに至っては、医者である息子に嫁いだのであって、息子の「家」に嫁いだのではないのだから。
しかし、残された家は残された親にとってあまりに広く、寂寞たる想いがひしひしと伝わってきたのを今も覚えている。当時職員として、農家の息子として「失敗でしたね」とも「そんなことないですよ」とも言えず長い愚痴をただ聞くしかなかった。
いつかこれが自分ごとになる日が来るかもしれないと言うのは心に留めておきたい。