大昔、ある会社に勤める際の保証人になってもらうために叔父の家を訪ねた時のことを思い出した。これですと紙を差し出したら、「富士通か」と言われ、頭の二文字しか合ってないじゃんと思ったけど説明が面倒だったので適当に受け流した。
とある有名ゲーム会社で役員まで上り詰めた方と食事をした際、「入社した頃は今のような知名度もなく、祖母に内定を報告したら、そんな訳の分からない会社はやめて、カタギの仕事に就いてくれと泣かれた」と言っていた。
今でこそゲーム会社は一流企業として認知されているけど、黎明期は社会的な評価も高くなく、だからこそ学歴や会社のブランドよりも『ゲームを作りたい』という想いを持った人たちが集まり、学歴ではなく情熱で現場を支えてきたのだろうし、その根本は今も変わらないはず。