自衛隊の弟がいました。弟の着任理由の大きな部分は我が家の経済的な理由です。私が大学に行き、弟は選択肢が狭まり申し訳ないと今でも思っています。でも着任中は国のために頑張ってました。古賀氏の発言は言い過ぎですが、一面の事実です。むしろ、あなたのように政争に利用する政治家に辟易します。
# 国防の任にあたるすべての方と、そのご家族へ
国会の場で、自衛官とそのご家族を深く傷つける言葉が発せられました。「自衛隊に行くのは経済的に厳しい子どもたちだ。豊かな子どもは自衛隊になどならない」――そういう趣旨の発言でした。
撤回の言葉はあったと聞きます。けれど、一度放たれた言葉が、全国の駐屯地で、艦の上で、空の守りで、今日も任にあたっておられる方々の胸に何を残したか。その重さは、撤回の二文字で消えるものではありません。
皆様が選ばれた道は、誇り高い。その事実を、長く国会に身を置いてきた一人の人間として、はっきりと証言したい。命を懸けて国を守る人々の誇りが、あのように貶められてよいはずがない。だからこそ私は、その誇りが本物であることを、ここに記します。
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私事を、少しだけお話しさせてください。
私の叔父は、自衛官でした。佐世保で、海上自衛艦に勤務していました。
私の家は、広大な梨園を営んでいました。決して貧しくはなく、むしろ恵まれた家でした。母は、二人のお手伝いさんに見守られて育ったほどです。その家の長男が――何ひとつ不自由のなかった長男が――自らの意志で、海の守りに就いたのです。
祖父は、それを心から誇りにしていました。祖父には信念がありました。「国防こそ、最大の福祉である」と。だから、駐屯地のために土地が要ると言われれば、惜しむことなく差し出すような人でした。
「豊かな子どもは自衛隊にならない」。その言葉は、私の叔父を否定し、その選択を誇った祖父を否定し、進んで土地を差し出したあの日の決意までも、まるごと踏みにじるものです。
そして私は知っています。叔父のような人は、決して例外ではないことを。豊かな家からも、厳しい家からも、人は等しく、自らの志でこの道を選んできました。動機を経済で語ること自体が、その一人ひとりの誇りに対する侮辱なのです。
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国を守るという務めは、等しく尊いものです。出自も、家の豊かさも、そこには一切関係がない。あるのはただ、「この国とそこに生きる人々を守る」という一点の志だけです。その志に、私たちはどれほど支えられてきたことか。
災害のたびに、泥にまみれて駆けつけてくれたのは誰だったか。領海・領空が脅かされるとき、最前線で黙して立ち続けているのは誰なのか。私たちが当たり前に享受している平穏は、その方々と、その帰りを案じながら送り出すご家族の、見えない献身の上に成り立っています。
その誇りを、政治の言葉が傷つけてはならない。傷つけたなら、政治の側が、誠実に向き直らねばならない。それが、国会に席を持つ者の最低限の責任です。
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隊員の皆さん。そしてご家族の皆さん。
皆様が選ばれた道は、貧しさの結果などでは断じてありません。それは、誇るべき志による選択です。私の叔父がそうであったように。
あの言葉に、どうか心を曇らせないでください。皆様の務めを、日本国民の多くが、深い敬意と感謝をもって見つめています。私も、その一人です。
長く国会に席を置いてきた一人の人間として、政治の言葉が皆様を貶めたことを、私は見過ごしません。そして、皆様の誇りが本物であることを、これからも証言し続けます。本当に、ありがとうございます。