わぁ……
これ、本当に「読書」?
『蜜蜂と遠雷』 恩田陸
#読了
今、わたしの耳は低音が全く聞こえない。大好きなアーティストの歌声も、推しの癒やしの声も、今までと違う声に歪んで聴こえる。気にも留めなかった生活音すら、不協和音となって不快にすら聴こえてしまう。
以前はなぜか頭に入らず本棚に戻していたこの本を、手にとった。仕事も休み、時間の余裕がある今なら、この長編も読めるかな、と。すると、なぜか数ページ眺めただけで、一瞬にして物語の虜になった。
文章から、圧倒的な音楽が聴こえてくる。そのまま付箋を貼るのも忘れて、夢中になった。聴こえない音への渇望が、文章へのイマジネーションをより鮮やかに膨らませたのかもしれない。クラシックに疎いわたしは、登場する曲のタイトルも音色も知らない。でも、その曲目に形容された言葉の数々が、文章が、余白が、極上の音色となって耳の奥に響き渡る。
活字を読んでいるだけなのに、まるでコンサートホールの客席で固唾をのんで見守っているかのような、凄まじい臨場感。「わぁ…」とピアノの音色にときめき、一つの演奏が終わるたび本を閉じ、「はぁ…」と深くため息をつく。そんな心地よい疲労感に包まれる。主人公たちのピアノに心からワクワクし、誰が優勝するのか、会場で観客のひとりになってドキドキしている。まるで特等席で演奏を聴いているみたいに。
読み終えて本を閉じたとき、世界の見え方、聴こえ方が変わっていた。普通に耳が聴こえるって、この世界からの祝福に近いものなのだと。「むかしのように、また聴こえるようにならないかもしれない」そんな消えない不安が、今は「それでもいい。今、聴こえる音を、全力で大切にしたい」と思える。あれほど不快だった雑音や雨の音すら、愛おしい「一つの音楽」のように感じられる。
聴力が戻ったら、絶対にピアノの音色を聴いてみたい。クラシック、オーケストラ。きっと、わたしの耳が切実な状況の今だからこその読書体験。耳の大切さが身に染み、健康のありがたさを思い知った。わたしは出会うべくして『蜜蜂と遠雷』に出会ったのだと思う。世界を愛おしく思わせてくれる、忘れられない一冊になった。
今、わたしと出会ってくれて、
本当にどうもありがとう。