秋本さん、勇気ある意見表明ありがとう。いままで賛否の賛だけを求めるような、誰もが潜在的に(とはいえ明確に)思っているであろう耳障りのいい事象を拡張してきました。しかし、今回からは明確に正解の出ていない、矢印さえ不確かな、もやもやした現実を扱おうと決めていました。ご指摘の通り、超高齢化社会は誰かを悪者にしたり重くしたり軽くしたりで解決しませんよね。では、どうしてゆけばいいのか。どんな計画と心構えがあればいいのか。どうすれば全ての世代が未来へ明るく向かってゆけるか。三部作で描くつもりで、その最初の問題提議がこの曲なのでした。まずは俎上に載せないと、誰かが話題にしないと始まらないですからね。だから、反応うれしいです。センスしてくれてありがとう。よろしければ続編も聴いてやってください。
うおー気持ち悪い。
最近川田十夢さんの作品が出るたびにかっこよくて最後まで聴いちゃう私だからこそ、この曲を聴いてかっこよさで消されてしまいそうな気持ち悪さををちゃんと言語化しておきたい。
これは作品への批判じゃない。川田十夢というみんなが言葉にできていないけど感じている社会の課題をかっこよく届ける天才が作ったものだから、今の社会の空気やみんなの中にある声を写し取っているんだと思う。だからこそ、私は気持ち悪いんだと。というか、私嫌なんだなという感情がしっかりとそこにある。
"超高齢社会"における高齢者は「負担」で、「支えられるだけの存在」として描かれている。もはや存在することで若者が若者らしくいるための権利すら奪っているようにさえ。
ほんとうに、そうなんだろうか?
とっくに支え、支えられるという役割が固定された構造では限界を迎えていて、高齢者になろうが、介護が必要になろうが、認知症状があったって、環境さえあれば働く世代、こどもたちや地域の人向けに貢献できることも、まだまだやれることもあるし、介護からやさしい世界が広がっていたりもして、この世界に希望すら感じている。だけど、そんなの私が知っているごく一部の小さな世界なのかもしれなくて、これが社会の現実だと不穏なビートで刻まれたから、こんなにも気持ちが悪いんだ。
さらに言うなら、今の私の仕事は社会に良さそうなことをしながら、「相互扶助をたたきこんでいずれ我々が(お世話になるために若者の権利を奪い続ける)」そんなレールをひいているのかもしれないという見方があるということも、きっと忘れてはいけない。
しっかりと、はっきりと"超高齢社会"はこうじゃない!とNOって言える私になりたいんだ。って歌にしちゃうぞ(雑