「誠実」「不誠実」とは
"誠実さとは、自分が提供できないものを提供できるふりをしないこと"
Mさんの投稿を読んで
以前付き合っていた彼から、風俗に行ってみたい、と隠さずに言ってくれたことが嬉しかったことを思い出した。
私が思う「不誠実」はこれを言ったら嫌われるんじゃないか?不快と思うじゃないか?傷つけるんじゃないか?評価が下がるんじゃないか?と思って本当のことを言わないこと。
大抵のことで嫌わんし、コソコソするから、繕うとするから嫌うし、その行為で信用できなくなる。
その程度で嫌うなら付き合わないし、私のことを想って言ってくれていることは不快だなんて受け取り方はしない。
見くびらないでほしい。
こういう些細なやり取りの積み重ねで、信頼関係は築かれる。
そして彼のように素直に言われると、自分も繕わずに曝け出せる。
私のように嬉しかったと受け取る人もいれば、相手によっては誠実に曝け出された内面を受け入れられないことも当然ある。
受け入れられれば、お互いが自分らしくいられるとても良い相性。
本当の相性を確かめるには曝け出す必要がある。
彼からの「風俗に行ってみたい」
というご要望については、
・一回ならOK
・行ったら感想聞かせて
・良かったテクは教えて
・指名して通うなら別れるから言って
と答えました
おれは根っからの回避性の人間なので、女を口説くときに「きみだけだよ」などとは言わない。
言ったことがない。
もちろん、その場の雰囲気でなら言える。言おうと思えば言える。だが、言った瞬間に自分で白けてしまう。
きみだけかどうかなんて、まだわからない。
永遠に好きかどうかなんて、もっとわからない。
付き合ってもいない相手にそんな約束をすること自体が、おれには不誠実に思える。
だから、おれの口説き文句は身も蓋もない。
「おれと寝て、きみに何かデメリットがある? 気持ちいいだけだぜ?」
はい。典型的なクズです。
最低と言われても仕方がない。
ところが不思議なことに、これが案外うまくいく。
なぜか?
多くの女は誠実な男が好きだ。
しかしそれと同じくらい、「誠実そうな男」にうんざりしているからだ。
恋愛には奇妙なインフレがある。
会ったばかりなのに特別扱いを約束する。
まだ相手のことをろくに知らないのに運命を語る。
身体が目的なのに純愛を装う。
本人も完全な嘘をついているわけではない。
その瞬間は本気なのだ。
酒が入り、相手に惹かれ、盛り上がった感情の中では、本当に「この人しかいない」と思っている。
もちろん、そんな熱量は永続しない。
三ヶ月後には変わる。
半年後には修正される。
一年後には撤回される。
そして撤回された側は、「騙された」と感じる。
実際には嘘だったのか、本心だったのかはどうでもいい。
結果として約束が消えたことだけが残る。
恋愛で傷つく理由の多くは、欲望そのものではなく、期待の破綻にある。
だから、ときどき奇妙な現象が起きる。
露骨な下心のほうが信用されるのである。
誤解しないでほしい。
下心が魅力的なのではない。
正直な欲望が高潔なのでもない。
信用されるのは、予測可能だからだ。
この男は何を求めているのか。
どこまで責任を取るつもりなのか。
何を約束しないのか。
それが最初から見えている。
人は善人を信用するわけではない。
予測できる人間を信用する。
たとえ多少ろくでもなくても、行動原理が明確な人間のほうが安心できる。
逆に、人格者に見える人間ほど怖い。
なぜなら、その人が何を欲しているのか見えないからだ。
欲望を隠した人間は美しく見える。
だが、美しく見えるだけで、透明とは限らない。
もちろん、おれの口説き文句にも問題はある。
「デメリットがある?」という言い方は、男側の都合のいい発想だ。
実際にはデメリットなどいくらでもある。
情が移るかもしれない。
傷つくかもしれない。
人間関係が変わるかもしれない。
期待が生まれるかもしれない。
セックスは身体の接触だが、人間は身体だけでできていない。
心も人生もついてくる。
だから本当に正直に言うなら、
「おれは君と寝たい。だが、恋人になることも永遠の愛も約束できない」
くらいが正確なのだろう。
若いころのおれは、誠実さとは相手を傷つけないことだと思っていた。
しかし今は違う。
人は誰かと関われば必ず傷つける。
恋愛ならなおさらだ。
どれだけ善良でも、どれだけ配慮しても、期待と現実はずれる。
だから誠実さとは、「傷つけない能力」ではない。
そんな能力は存在しない。
誠実さとは、自分が提供できないものを提供できるふりをしないことだ。
愛せないなら愛せると言わない。
待てないなら待つと言わない。
一緒に生きる覚悟がないなら、一緒に生きると言わない。
当たり前の話だが、多くの人はこれができない。
相手を失いたくないからだ。
好かれたいからだ。
嫌われたくないからだ。
だから期待を売る。
未来を売る。
理想の自分を売る。
そして後で回収できなくなる。
おれは回避性の人間だから、約束が苦手だ。
未来を語るのも得意ではない。
それはたぶん欠点なのだと思う。
だが、その欠点のおかげで学んだこともある。
約束できないことは約束しない。
与えられないものは与えると言わない。
期待を先に売らない。
人は美しい言葉に惹かれる。
だが最後に信用に値するするのは、美しい言葉ではない。
この人は何をする人なのか。
何をしない人なのか。
それが見える人間である。