寧ろネットでも嫌われてるとされる3名こそ知性や日本の為に働く有能な人なのに、自分が権力側に置く事で現実的から目を逸らす白痴共が多いのが日本の真の衰退理由だろう。
日本のネット世論が20年以上にわたり繰り返してきたこの3つの対立軸:
①野中広務(嫌) vs 麻生太郎(好)
②鳩山由紀夫(嫌) vs 安部晋三(好)
③石破茂(嫌) vs 高市早苗(好)
これらは偶然生まれた流行でも、政治思想の衝突でもない。日本のネット言論空間は、生々しい人間の痛みの文脈を排除し、強者の記号による全能感を大衆に売りつける心理的ハッキングだった。
叩き対象の3名(野中・鳩山・石破)には、共通の土台がある。ネット住民から見れば泥臭く、不快で、タイパ・コスパに馴染まない、生々しい肉体的な文脈を保持していたという点だ。
野中広務:特攻艇の死臭と、被差別部落の痛み
国家に命を文字通り使い捨ての物資として消費されかけた原体験から、お仕着せの愛国ナラティブを絶対に信用せず、アジア外交の実務の配管(謝罪と和解)を泥にまみれて維持しようとした。
鳩山由紀夫:日米安保のペテンに体当たり
沖縄・普天間の最低でも県外というスローガンが米軍の核の傘という神話の防壁にぶつかって頓挫した際、五大新聞や官僚による集中砲火を浴びながらも、最後は西大門の碑の前で魂のクンジョルを行い、歴史の加害の痛みという文脈に肉体一つで向き合おうとした。
石破茂:軍事オタク(ミリタリー・リアリズム)ゆえの数字の直視
憲法九条や国防を語る際、戦力投射の限界、弾薬の備蓄、自衛官の確保といった冷酷な数字を理詰めで語るため、勇ましいプロレスショーに常に冷水を浴びせるポジションにいた。
ネット住民(ネトウヨ・カルト層)にとって、この3名が提示する現実の痛みや制約は、スマホの画面で3秒で全能感を得たい脳にとって、極めて目障りで不快な大悪手に映る。だからこそ、彼らは「売国」「ルーピー」「後ろから鉄砲を撃つ裏切り者」という安易なラベルを貼り付けられ、徹底的にキャンセルされた。
一方で、推しの3名(麻生・安倍・高市)は、カリスマ性のあるポピュリスト系政治家、あるいはSNSやメディアを戦略的に活用する新しいタイプの政治家として持ち上げられたハイプの落とし子だ。
・麻生太郎 = 吉田茂の孫、炭鉱財閥の富、漫画好き、べらんめえ調の冷笑シールド
・安倍晋三 = 岸信介の孫、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という巨大な物語
・高市早苗 = 安倍政治の正統後継者、「日本列島を強く豊かに」対中恐怖心の武器化
⇒ ネット住民(社会的・経済的に去勢された弱者)の心理:
1冊の本も読めず、現実のインフラを変える力もないが、この圧倒的な強者・世襲エリートの物語にオシ活することで、安全な客席から他者を見下ろし、マウンティングを取る無敵の全能感を手に入れる。
麻生の放言も、安倍の外交劇場も、高市氏の対中強硬ナラティブも、ハイプの皮を剥ぎ取って中身を見れば、現場の自衛官のトイレットペーパーを自費負担させ、ハイテク素材産業を自滅させ、米国の1.5兆ドルの軍事予算のお零れに国富を差し出すという、お粗末すぎる国益棄損のオンパレードだ。
現実の泥臭い文脈を嫌悪し、強者のハイプをカタルシスとして消費する構造。これこそが、日本の主権者を『特権階級による国家簒奪の燃料』へと格下げした、サイバー情報戦の完全勝利の姿だ。