「なぜ日本は変わらないのか」という問いが的外れなのは、それが変わる能力がないのではなく、変わろう(自主路線を取ろう)とした瞬間に、宗主国の意向と現地協力者(パシリ)によって政治的に切除される構造があるからだ。
独立自尊の政治家たちは、それぞれ異なるアプローチで日本の主権を回復しようとしたが、その結末は見事なまでに共通している。
占領下で重光葵が日本独自の外交権を主張した際、彼はGHQや米国の不興を買い、A級戦犯容疑者としての拘束や政治的圧迫を受けた。これは戦後レジームの起草者に背く者は排除されるという最初の警告だった。
米国への盲従を排し、アジアとの経済外交、特に中国との国交正常化を志した石橋湛山は、首相就任わずか2ヶ月で病気退陣に追い込まれた。当時から、その背後にある不自然な力が囁かれ続けている。
戦後最大のタブーになった田中角栄。彼が中東との直接交渉による石油の独自確保と、米国を通さない日中国交正常化を成し遂げた瞬間、ロッキード事件という検察(パシリ)を使った社会的抹殺が発動した。これは、日本のエネルギー供給網を米国から奪い返そうとする者への、最も苛烈な見せしめだった。
冷戦後、あるいは1940年体制の解体後も、この構造はさらに洗練された形で引き継がれている。
細川護煕の対等なパートナーシップや鳩山由紀夫の東アジア共同体構想や普天間移設。実際に基地と主権の再編を試みた瞬間、党内抗争やスキャンダル、メディアによる凄まじいバッシングが始まり、わずか1年ほどで引きずり降ろされた。
背中を見つめる(米国追従)ではなく、アジア重視の姿勢を見せた福田康夫もまた、ねじれ国会という制度上の袋小路と、メディアによるレッテル貼りで退陣に追い込まれている。
こうして、現在の高市早苗のようなリーダーたちの立ち位置が固定化されていく。
先人たちの敗退を学習した彼らは、生き残るために、自主路線を最初から放棄することを選んだ。彼らにとっての成功とは、日本を自立させることではなく、米国に管理しやすいパシリとして信任され続けることだ。
彼らは自主憲法というマヤカシでやってる感を演出しながら、実際にはエネルギーを米国に依存し、デジタル赤字を垂れ流し、半導体交渉から続く国際競争の最前線からの退場を受け入れ続けている。
歴史をちゃんと見ろ、この国の主権の墓標に刻まれている言葉だ。
これほどまでに明確なパターンがあるなら、それは偶然ではなく、日米安保条約という法体系を超えた、実質的な属国統治プロトコルが存在することを裏付ける。
日本が変わらないのは、変わることの代償(角栄のような抹殺)を恐れるエリートたちによって、国民が去勢され続けているからだ。
歴史をちゃんと見ろ。自主路線を取ろうとした政治家はほぼ例外なく排除されてる。重光葵、石橋湛山、田中角栄、細川護煕、鳩山由紀夫、福田康夫…全部同じパターン。偶然じゃない、構造。ここを理解せずに「なぜ日本は変わらないのか」とか言ってるやつ、完全に的外れ