子どもを叱るとき、夫婦のどちらかが「フォロー役」にまわる。よくあることですが、やり方を間違えると、家族の中に悪者を作ってしまいます。
まず大前提として、叱るのはいつでも「子どもの行動」に対してです。「人格」ではありません。
たとえば、子どもがおもちゃを投げたときに、「おもちゃを投げたら危ないよ」と言うのは、行動を叱っています。でも、「なんでいつもそうなの」「何回言ってもわからないよね」は、叱っている対象が行動ではなく、その子自身に変わっています。
だから、夫婦でまず共有しておきたいのは、「叱るのは行動だけ」ということです。
叱るのは基本的に一人でいいです。二人がかりで責めると、子どもに逃げ場がなくなります。そのうえで大事なのは、叱る基準をできるだけそろえること。両親の言うことがそろっていたほうが、子どもには「これは本当にダメなんだ」と伝わりやすくなります。
そして、「子どもを叱る」というテーマのとき、よく言われるのが「親のどちらかは、フォロー役になったほうがいい」という話です。たしかに、子どもへのフォローは大事です。でも、フォローの優先順位を間違えると、家庭の中に別の問題が生まれます。
叱られている子どもを見ると、かばいたくなります。泣いていたり、落ち込んでいたりすると、助けたくなる。でも、叱っているパートナーの前で、もう一方がすぐに子どもをかばうと、叱ったほうだけが悪者になります。
たとえば、ママが叱っているとします。その途中で、パパが「もういいじゃん」「ママ、怒りすぎ」「こっちおいで」とかばってしまう。その瞬間、子どもは安心するかもしれません。でも、これが続くと、子どもの中に「叱るママ」と「助けてくれるパパ」という役割ができてしまいます。
すると、子どもは自分の行動を振り返るより先に、助けてくれるパパのところへ行くようになります。注意された内容を反省するよりも、叱る親から逃げることを覚えてしまうんです。
そうなると、叱った親はどんどん孤独になります。自分だけが嫌われ役。子どもにはイヤな顔をされ、パートナーもわかってくれない。そんな状態で、次も落ち着いて叱れるでしょうか。たぶん、難しいです。
叱っている親が、つい言葉を強くしてしまうのは、その人の性格が悪いからではありません。余裕がないからです。本当は叱りたくない。でも、叱らないといけない。子どもには「こわい」と言われる。叱ったあとで「また言いすぎた」と落ち込む。それでも次の日には、また同じことを注意しなければいけない。その積み重ねで余裕がなくなり、言葉がきつくなるんです。
だから、もう一方の親がまずやるべきなのは、子どもをすぐにフォローすることではありません。叱っているパートナーを孤独にしないことです。
「ママの言っていることは大事だよ」「投げたら危ないからやめよう」このくらいでいいんです。叱っているパートナーの味方をしながら、子どもの行動に線を引く。
もちろん、叱っているパートナーを支えることと、子どもを傷つける言葉を放っておくことは違います。人格を否定する言葉まで出ているなら、そこは止めたほうがいい。ただし、そのときも叱っている親を悪者にするのではなく、「一回落ち着こう」と仕切り直す形がいいです。
そして、自分が叱る役になったときには、絶対に避けたい言い方があります。
「そんなことすると、ママに怒られるよ」です。
これは、一見よくある注意に聞こえます。でも今回の例では、叱る責任をママに押しつけているだけです。子どもも、「何が良くないか」ではなく、「ママに怒られるかどうか」で判断するようになります。パパはいい人のまま、ママだけが嫌われ役になる。ずるいやり方です。
だから叱るときは、親のどちらかを怖い存在にしない。「ママに怒られるからやめよう」ではなく、「危ないからやめよう」と伝える。
そして、もちろん子どもへのフォローも忘れないでください。「さっきは、おもちゃを投げたことを注意したんだよ」「大好きな気持ちはそのままだよ」。これがあると安心して、「自分は嫌われた」ではなく、「この行動を直せばいいんだ」と考えられるようになります。
叱る人を孤独にしないこと。子どもを安心させることと、叱っている親を悪者にすることを混同しないこと。これができれば、叱る親に余裕ができて、子どもへの言い方も少しずつやわらかくなります。人格を責めるところまでいかずに、行動の話で止まれるようになる。それが結局、子どものメンタルを守ることにつながります。
子どもを守るために、叱っている親も守る。 フォロー役にまわるなら、まずそこを大事にしてみてください。今回は、例としてママが叱る役としましたが、もちろんパパとママが逆でも同じです。