地味なキスティス先生と呼ばれた世界史の授業で教室の空気が変わったことがある。きっかけは、男子の何気ない一言。その日、近代国家と国民意識についてだった。先生は黒板に「国民国家」と書き、その下に「私たち意識」と記した。後ろの席から、悪意のない声がした。「でも日本人って、民度高いっすよね」誇らしげで、どこか当然のように聞こえた。先生は、しばらく黙っていた。そして、静かな声で言った。
「その言葉、今日は少し大事に扱いましょう」
先生は黒板に「民度」と大きく書き、その横に小さくこう添えた。
「誰が、誰を、何の基準で測る言葉か」
いつもの授業とは違う、静かな重みがあった。
「日本人は民度が高い。そう思う場面は確かにあります。
災害の時に列を作る。
落とし物が戻る。
公共の場をきれいに使う。
これは本当にすごいことです。
先生も、そこは誇っていいと思います」
先生は一度、教室を見渡してから続けた。
「でもね、世界史の授業では、誇りは必ず裏返して見る」
黒板に「同調圧力」と書いた。
「列を守る力は、秩序を作ります。
でも同時に、列から外れた人を責める力にもなります」
次に「空気」と書いた。
「周りに迷惑をかけない力は、社会を穏やかにします。
でも同時に、助けてと言えない空気にもなります」
さらに「勤勉」と書いた。
「真面目に働く力は、国を豊かにします。
でも同時に、休めない社会も作ります」
先生は静かに続けた。
「民度が高い、という言葉は、気をつけないと、自分たちを褒める言葉ではなく、他人を見下す物差しになりやすい」
その瞬間、背筋が冷えた。
先生は世界史の言葉を並べた。
「文明。未開。
先進。後進。
優秀な民族。劣った民族。
言葉は違っても、構造は似ています。
ヨーロッパの国々はかつて、自分たちの文明を高いものだと考え、他の地域を遅れた場所だと見なした。
鉄道を敷き、学校を作り、法律を持ち込み、同時に資源を奪い、人を支配した」
先生は淡々と続けた。
「怖いのは、人は自分が悪者だと思って悪いことをするとは限らない、ということです。むしろ、自分たちは正しい。自分たちは秩序を与えている。そう信じている時ほど、人間は大きな過ちを犯します」
「水がない。食料がない。警察が機能していない。物流が止まっている。そんな状況で、人はどこまで品よくいられるでしょうか」
教室は完全に静まり返っていた。
先生は少し声を柔らげた。
「もちろん、日本の良さはあります。落とし物が戻る社会は素晴らしい。大事な財産です。でも、それを私たちは上等な人間だからで終わらせてはいけません。『そういう行動を可能にしている土台を守ろう』と考えた方がいい」
私はその時初めて、日本という国を少し別の角度から見た気がした。
日本人が偉いのか。
日本社会の仕組みが人をそう振る舞わせているのか。
あるいは、その両方なのか。
そして、その良さは、永遠に保証されているものなのか。
授業の終わり、先生は黒板にこう書いた。
「誇りとは、他人を見下すための高台ではない。
自分たちが何に支えられているかを忘れないための足場である」
その言葉は、妙に胸に残った。
授業が終わった後、最初に「民度高いっすよね」男子が、先生に近づいて言った。
「先生、俺、別に悪い意味で言ったわけじゃないです」
先生は笑った。
「分かっています。だから授業にしました。ちゃんと考える必要があるんです。悪意がないからこそ、みんながそのまま通してしまうから」
あの先生は、日本を否定したわけではなかった。
むしろ逆だった。
好きなら、ちゃんと見なさい。
誇るなら、支えているものまで見なさい。
美しいと思うなら、その美しさが壊れる条件まで考えなさい。
大人になってからも、ニュースで「日本人は民度が高い」という言葉を見るたびに、あの黒板を思い出す。
民度。文明。秩序。空気。誇り。
そのどれもが、使い方を間違えると、人を守る言葉にも、人を傷つける刃にもなる。
日本の美しさは、日本人の血に最初から刻まれた魔法ではない。家庭で教えられ、学校で覚え、地域で見て、制度に支えられ、互いに期待し合いながら保たれてきた、壊れやすい習慣の積み重ねなのだ。
だからこそ、守らなければならない。
だからこそ、過信してはいけない。
先生は最後にこう言った。
「日本を誇るなら、日本人を神話にしないことです。神話にした瞬間、人間は反省しなくなります。反省しなくなった国は、だいたい同じところで転びます」
世界史は、外国の話ではない。
日本を考えるための、外側の鏡なのだと。
国を愛するとは、胸を張ることだけではない。
足元を見ることでもある。
そして、自分たちが立っている足場が、誰の努力と、どんな制度と、どれだけの偶然に支えられているのかを、忘れないことなのだと。
高校の頃、世界史の先生に一人、どう見ても普通の先生ではない人がおった。女の先生ではある。だが、いわゆる華やかな先生ではなかった。服装はいつも地味なカーディガンで、色はだいたい灰色か薄茶色。髪は無造作に束ねられ、前髪は少しだけ乱れ、眼鏡の奥の目だけが、やけに光っていた。当時の私は、世界史という科目を、王様の名前と年号を棺桶のような教科書に詰め込む作業だと思っていた。カタカナの王は多すぎるし、革命は何度も起きるし、帝国は盛り上がったと思えばすぐ滅びる。
人類というものは、なぜこうも懲りずに国を作っては壊すのか。猫の目から見れば、縄張り争いに毛が生えた程度である。
その先生は、生徒たちから地味なキスティス先生と呼ばれていた。もちろん、あのキスティス先生ほど派手ではない。金髪でもなければ、鞭も持っていない。制服の似合う冷静な教官というより、職員室の隅で冷めた缶コーヒーを飲みながら、分厚い世界史資料集とFFのアルティマニアを同じ真剣さで読んでいるタイプである。
だが、眼鏡を押し上げて黒板の前に立つ姿には、どこか本物の教官めいたものがあった。
生徒が陰で、
「地味なキスティス来た」
などと言っても、先生は怒らなかった。
ただ、出席簿を机に置き、静かにこちらを見る。
「地味は余計です。でもキスティス先生なら、まあ許します」
そう言って、少しだけ嬉しそうにチョークを持つのである。
その日も先生は、いつものように地味なカーディガンを羽織って教室に入ってきた。そして開口一番、こう言った。
「はい、今日はローマ帝国です。つまり、古代ヨーロッパにおける神羅カンパニーの話です」
教室が、一瞬でざわついた。
眠っていた野球部の男子が顔を上げる。窓際で弁当の中身を気にしていたバスケ部の男子も、なぜか黒板を見る。世界史の授業で運動部が顔を上げるなど、当時の私には軽い奇跡に見えた。
先生は黒板に「ローマ帝国」と書いた。その横に、何のためらいもなく「ミッドガル」と書いた。
「いいですか。帝国というものは、ただ暴力で人を支配するだけではありません。道路を作る。法律を整える。通貨を流通させる。水道を引く。人々に便利な生活を与える。だから人は帝国を嫌いながら、帝国の恩恵も受ける」
そこで先生は、眼鏡を押し上げた。
「でも同時に、中心都市は地方から力を吸い上げます。資源を集め、労働を集め、周辺の土地から命を少しずつ吸っていく。これ、魔晄炉と同じ構造です」
男子の一人が思わず言った。
「先生、それFF7じゃん」
先生は静かに笑った。
「そうです。あなたたちは今日、世界史と一緒にFF7も学びます」
その瞬間、授業というものの輪郭が変わった。
世界史は、死んだ年号の羅列ではなかった。帝国は、教科書の中の遠い怪物ではなかった。便利さと搾取が同じ街灯の下に立っている、今でも続いている構造だった。
先生は、ローマ街道を説明しながら言った。
「道は文明です。でも、軍隊も道を通ります。
商人も通るし、税も通る。
文化も通るし、疫病も通る。
道を作るということは、世界を繋げることです。
でも、繋がるということは、逃げ場が減るということでもあります」
教室が少し静かになった。
その時、FFのミッドガルを思い浮かべていた。上層の光と、下層の暗さ。便利な都市の足元に、誰かの生活が沈んでいる。
アレクサンドロス大王の授業も忘れがたい。先生は黒板に大きく「アレクサンドロス」と書き、その下に「レベル上げを待てない勇者」と書いた。
「彼は強いです。若い。賢い。カリスマもある。戦術も優れている。先生としては、こういう生徒がいたら少し困ります。止めても行くからです」
教室が笑う。
「マケドニアから東へ、東へ、さらに東へ。彼は世界地図を広げすぎた。ドラクエで言えば、まだ装備が中盤なのに、船を手に入れて世界中を回り始めるタイプです」
野球部の男子が、
「あるある」
と呟いた。
先生は続けた。
「でもね、問題は勇者本人が強すぎることです。
勇者が強すぎると、仲間のHPとMPを見なくなる。自分はまだ行ける。
でも兵士はどうか。補給はどうか。帰りたい人はいないのか。歴史の教科書には東方遠征と一行で書いてあります。でも、その一行の中には、帰り道を思い出して泣いた兵士がいたはずです」
そう言って、先生は少しだけ黙った。
「歴史ってね、勝った人間の武勇伝だけじゃないの。途中で帰りたかった人の足音も入ってるのよ」
その言葉は、妙に長く残った。
若い頃は、勝った者の名前ばかりが歴史だと思う。だが実際には、歴史の大部分は名もなき足音でできている。
砂漠を歩いた足。
雪の中で止まった足。
船底で震えた足。
城壁の外で待たされた足。
それらは教科書の余白に吸い込まれ、試験にはほとんど出ない。
だが、先生はその余白を見ていた。
続きます⇩