以下、ぽこあポケモンの話だけど、
「講師(教師)たるもの、自己研鑽を怠るわけにはいかない」
といった趣旨の話を、ごく一部の人とはいえ、
「生徒の力を自分の学力以下に抑え込むことになる」
「生徒の成長を阻むのではないか」
とか
「自分が生徒を圧倒する学力を持っていると考えるのは傲慢だ」
とか
「学力さえあれば、生徒指導ができるのか」
とか
「そんなに学力つけても、教師や講師の人格は破綻してるよね」
とか。
対応には困る。
生徒の成長を促すのは当たり前だし(そのための学力。こっちに学力がなければ、高い学力の生徒に対応できない。東北大志望の生徒が入塾しても、対応できる先生がいなくて、先生同士でその生徒を押し付け合っていた某個人指導塾は話にならない)、自分よりも学力のある生徒が現れたらその子からこっちが学ぶし(道のあるところが師のあるところ)、学力を身につけようとするのは謙虚だからだし、学力以外にも能力が必要なのは当たり前だし(寛容さとかコーチングとか演出とか外見とかふるまいとか話術とかキリがない)、学力と人格は関係ないし(「学力があろうがなかろうが人格が破綻してる奴は破綻してる」と言えば、こうした言葉の問題点にも気づけるんじゃないかな)
つまりはほとんどの人と同意見だってこと(一部を除く)
また、子どもたち同士で教え合うことと講師の自己研鑽の話は、当たり前だけど、まったく別枠の話。
ほこあポケモン、ドラクエビルダーズのクリエイターが作ったってほんと? すごく興味がわいてきた。
目安として
「小学生に教えるなら中学生以上の学力が要る。
中学生に教えるなら高校生以上の学力が要る。
高校生に教えるなら大学生以上の学力が要る。
大学生に教えるなら院生以上の学力が要る」
と、学生時代、先生がおっしゃっていた。同時に、
「ちゃんと指導するなら、教え子を圧倒する学力が必要だ」
とも。
「10知っていて10教えるようでは、指導者失格であり、100知っていて10教える、1000知っていて10教える、という領域に達しなければならない」
と。
今も心に刻んでる。