現状の判断力の低下状態を目的のために強行すると危険運転の確率が高まります
・遅れたくない
・予定を変えたくない
・先方に迷惑がかかる
といった理由付けはひとたび事故を起こせばそれらの都合よりも多くのものを失う羽目になります
予定の遅れと物理・社会的損失、どちらが“よりマシなマイナス”か
【居眠り運転は、眠った瞬間に始まるのではない】
あまりにも理不尽な事故である。
しかし指導員として特に注目するのは、衝突の瞬間ではない。
事故の約10分前から続いていた異常な運転である。
居眠り運転というと、多くの人は「突然寝てしまった事故」を想像する。
だが実際は違う。
居眠り運転は、眠った瞬間に始まるのではない。
その前から始まっているのである。
・信号待ちでぼんやりする。
・数キロ前の記憶が曖昧になる。
・車線維持が雑になる。
・速度管理が甘くなる。
そして正常な判断力が失われていく。
ところが厄介なのは、その頃には本人が危険を正しく認識できなくなっていることである。
本来なら、
「これは危ない」
「今すぐ休まなければならない」
と判断しなければならない状態である。
しかし疲労した脳は逆の判断をする。
「あと少しだから大丈夫」
「目的地まで行ける」
「次の休憩場所まで頑張ろう」
そう考えてしまうのである。
だから居眠り運転は恐ろしい。
運転者自身が危険を自覚できないまま事故へ向かっていくからである。
今回の事故でも、もし10分前に止まっていれば。
もし20分前に仮眠を取っていれば。
もし「今日は運転できる状態ではない」と判断していれば。
しかし、このような事故を見るたびに思う。
本当に事故だったのだろうか。
道路に問題があったわけではない。
天候が荒れていたわけでもない。
車が故障したわけでもない。
疲労と眠気を抱えたまま運転を続けた結果である。
そして、その代償を支払わされたのは何の関係もない人たちであった。
運転技術とは何か。
狭い道を通れることでもない。
車庫入れが上手なことでもない。
危険を察知し、運転をやめる判断ができることである。
「まだ大丈夫」
交通事故の現場で最も危険な言葉の一つがこれである。
眠気を感じたら休む。
疲労を感じたら止まる。
予定より遅れてもよい。
約束の時間に間に合わなくてもよい。
しかし、人の命は取り戻せない。
だから私は声を大にして伝えたい。
眠気と戦うな!
休め!!!
それができる人こそ、本当に安全運転のできるドライバーである。