문제는 일본이 사과라는 단어를
한 번도 말하지 않았느냐가 아닙니다.
문제는 그 사과를 스스로 계속 무너뜨려 왔다는 점입니다.
사과했다고 하면서
독도는 다케시마라고 가르치고,
반성한다고 하면서
식민지배를 근대화였다고 포장하고,
위안부 문제에 사과했다고 하면서
강제성을 흐리거나 피해자를 의심하고,
침략전쟁을 반성한다고 하면서
아시아를 해방했다는 식의 주장을 반복합니다.
이것이 어떻게 진정한 사과입니까?
강도가 피해자에게 미안하다고 말한 뒤,
다음 날부터
“그 집은 원래 내 집이었다”고 가르치고,
“내가 들어가서 집을 고쳐줬다”고 말하고,
“사실 피해자는 고마워해야 한다”고 주장한다면,
그걸 사과라고 부를 수 있습니까?
1965년 자금도
식민지배 불법성에 대한 명확한 법적 배상이 아니라,
국교정상화 과정의 경제협력 형식이었습니다.
돈을 줬느냐만으로 끝낼 문제가 아닙니다.
진짜 사과는
책임을 인정하고,
피해를 기억하고,
다시는 부정하지 않는 것입니다.
사과와 역사 왜곡은 함께 갈 수 없습니다.
일본이 정말 미래를 말하고 싶다면,
먼저 과거를 제멋대로 고쳐 쓰는 나쁜 습관부터 멈춰야 합니다.
日本は本当に韓国へ謝罪も賠償もしていないのか?
それはちがう。
日本は韓国に対して、歴史問題で何度も謝罪してきた。
それでも韓国メディア、政府、一部の韓国人では、いまだに「日本は謝罪していない」「賠償していない」という言説が繰り返される。
しかし、これは事実と違う。
1965年の日韓請求権・経済協力協定で、日本は韓国に対して無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を行った。この協定では、日韓および両国民の財産・請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記されている。
しかも、当時の韓国政府は、この資金を個人補償だけに使ったずに、国家開発に投入した。
製鉄、インフラ、産業基盤の整備などに使われ、韓国の高度経済成長、
いわゆる「漢江の奇跡」を支える重要な資金の一部となった。
韓国の急成長は、輸出主導政策、教育、労働力、米国支援、ベトナム戦争特需など複数の要因があるが、日本からの資金と技術協力が成長の力となったのは間違いない。
つまり、日本が今だに一方的に何もしていないという話ではないのだ。
謝罪についても同じだ。
1993年の河野談話では、慰安婦問題について日本政府として「お詫びと反省」の意思が示された。
1995年の村山談話では、日本の植民地支配と侵略について、村山富市首相が「痛切な反省」と「心からのお詫び」を表明した。
1998年の日韓共同宣言では、小渕恵三首相が韓国国民に対し、植民地支配によって多大な損害と苦痛を与えたことについて「痛切な反省」と「心からのお詫び」を表明し、金大中大統領はそれを受け入れた。
慰安婦問題についても、2015年の日韓合意で「最終的かつ不可逆的な解決」が確認され、
日本政府は韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」に10億円を拠出した。
外務省は、この資金が元慰安婦本人や遺族への支援に使われたと説明している。
だから、事実だけ並べればこうなる。
日本は謝罪していないのではない。
何度も謝罪している。
日本は金を払っていないのではない。
1965年に国家間で請求権問題を解決し、巨額の経済協力を行っている。
そしてその資金は、韓国の個人補償だけではなく、韓国の国家建設と経済成長にも使われた。
それでもなお、「日本は謝っていない」「賠償していない」と言い続けるなら、それは歴史認識の問題というより、もはや政治利用、教育による嘘を韓国国民に教えていることだ。
韓国政府、韓国メディア、左翼、日本のゴミメディアは今すぐ正しい歴史をつたえるべきだと思う。
日本も韓国が未来に進めるように。