境界線がない人って、優しい人というより「自分を守る権利」を親に没収された人なんだよな。
親の機嫌が最優先。怒鳴られないように先回りする。愚痴を聞かされて、感情のゴミ箱になる。そうやって育つと、自分の気持ちより相手の空気を読む方が先になる。察する力は育つけど、その代わりに「嫌だ」「無理」「ここから先は入らないで」が育たない。
だから境界線を引こうとすると、なぜか加害者みたいな気持ちになる。「断ったら傷つける」「距離を置いたら嫌われる」って。でも本当は逆で、境界線を引けないまま生きる方が、自分の人生を他人に明け渡してる。怒りは性格の悪さじゃなくて、踏まれた場所を知らせる警報なんよ。
境界線のない人の三つの特徴がある。『親の過干渉で自尊心が育たなかった』『親の怒鳴り声で自身を育めなかった』『過度に愚痴を聞きすぎて自分が消えた』。自身の感情ではなく、親の感情が最優先だった日々が他人軸を育ててしまう。感受性が高くなるが、人の影響を受けすぎる。繊細だが人に振り回される。察する力は強いが、人にいつも振り回され、人との間に適切な線引きができない。
この弊害は、『自分なんかが人との間に線を引いたら、嫌われる』、もしくは、『私が境界線を引くと、人をものすごく傷つける』と、大きな誤解の中を生きることに結びつく。それがより境界線への悪いイメージを育て、自分の人生を人に明け渡しながら、苦しみの中を泳いでいることが多い。
本当は、境界線を引くのは当然の権利で、人と適切な距離を作るのは、あなた自身を守ることである。ときには怒りを健全に使ってでもあなた自身を守ることが大事。そのためには『怒りを通して自分を守る』『心に要塞を作る』『境界線を引くことの罪悪感を減らす』『怒りと愛のバランスを整える』など、境界線を引くための、新たな視点や考え方を落とし込み、人生を抜本的に変えていくことが大切になる。