中国「漢族」という定義について、その恣意的歪曲は、民族名称の問題にとどまらず、「中華」という語句の意味や起源にまで及んでいる。
習近平は近年、「中華民族の偉大なる復興」をスローガンとして繰り返し掲げ、現在の中国に居住するすべての民族を「中華民族」として一括りにしている。しかし、このスローガンの中核をなす「華」という語句を最初に用いたのは、実は漢族ではない。
実際にこの語句が初めて歴史上に現れたのは、五胡十六国時代に中原へ進出した北方の遊牧民族によってである。
この点については、歴史研究家松下憲一氏の著書『中華とは何か』(筑摩書房)に詳述されており、また元NHKディレクターの後藤多聞氏も『漢とは何か、中華とは何か」 (人文書館)において同様の問題提起を行っている。
【補足note.:松下憲一『中華とは何か:遊牧民からみた古代中国史』】
note.com/lemmui/n/n75464e1cb…
【補足Web:後藤多聞氏も『漢とは何か、中華とは何か」 (人文書館)】
zinbun-shokan.co.jp/books/IS…
とりわけ後藤氏は、台湾が整備した漢籍データベース、すなわち『史記』から『明史」に至る「二十四史」を検索可能な形で参照できるシステムを活用し、「華」という語の初出を詳細に追跡している。
このデータベースによると、確かに「華」という語が史書に初めて登場するのは、五胡十六国時代に北方から流入した匈奴系、すなわちフン族を祖とする遊牧民たちによるものである。
彼らは多様な出自を持つ異民族同士の中で、相互にアイデンティティを共有する必要に迫られ、「われわれは『華』である」と自称しはじめた。ここに「華」という概念の起源があるということだ。
「華」と呼ばれるこのグループは、漢王朝末期にわずか500万人程度にまで激減していた旧漢族の末裔と融合し、やがて中原に定住する中で新たな文化と共同体を築き上げた。
この過程で誕生したのが、後に「漢族」と呼ばれる人々の原型であり、従来の漢族とは異なり、文化的にも政治的にも再構成された新たな共同体であったと言える。
しかし、現代の中国政府はこの歴史的経緯を大きく書き換えーー
ーー「当時の遊牧民族は中華文明に憧れ、その高度な文化に自発的に同化した」とする解釈を提示している。
軍事的には中国が劣勢であったとしても、文化的には常に優越しており、異民族がどれほど侵入しようとも、最終的には中国文化に取り込まれるべきだという理屈に基づいている。
これは明らかに歴史の実態を歪めた解釈(屁理屈)である。
実際には、さまざまな民族が互いに接触し、折衝を重ね、「自分たちは何者なのか」を模索していた。
そしてその過程で、新たな呼称や枠組みが必要とされ、「華」という自称が生まれたのである。
つまり、「中華」という概念は、一方的な文化的同化の結果として生じたのではなく、 異なる民族同士が折衷と協調の中で見出した共有可能なアイデンティティと捉えるべきでだ。
【画像:松下憲一『中華とは何か:遊牧民からみた古代中国史』note.】
【画像:中国の涿鹿県にある中華三祖堂に祀られている炎帝、黄帝、蚩尤の像。中華民族の先祖である「中華三祖」。百度百科】
baike.baidu.com/ja/item/%…
【画像:炎黄子孫(えんこうしそん)とは、中国の伝説上の帝王である「炎帝(えんてい)」と「黄帝(こうてい)」を共通の先祖として持つ人々を指す言葉。現在では、漢民族や中華民族のアイデンティティや代名詞として幅広く使われている。百度百科】