私も、若いころ「母親は赤ちゃんを抱っこしても重いと感じない」みたいな思い込みをしていたことがあるのよ。それは言語化してはっきりそう考えていたわけではなく、「ふんわりとなんかそんな気がしてた」程度のことで、だから自覚もない。
町でお母さんが赤ちゃん抱っこしていても、「重いだろうな、大変だな」とか思わない。「お母さん(お父さんもだけど)はそれができて・やって当たり前」だと思ってるし、何なら「赤ちゃんがかわいいから抱っこしていてもお母さんは嬉しいだろうな」「ほっこりする光景」くらいに思ってたかも。
それが完全なる思い込みでおかしいことだった、と気づいたのは友達や弟に子供ができて抱っこさせてもらったとき。
当たり前だけど5キロの赤ちゃんは5キロの米袋と同じ重みなのよ。重いのよ。
めちゃくちゃ当たり前のことなのに、本当のところではわかってなかったのよ。
「5キロは5キロだね!?これずっと抱っこしてんの!?めちゃくちゃ大変じゃない!?」ってようやくびっくりして友達に言った記憶ある。「いや大変だけど……他にどうしようもないし……」って友達も「そんなこと言われても」みたいな顔してた。
華奢な女性が5キロの米袋を運んでいたら、「大変そう!」ってなるけど、5キロの赤ちゃん抱いていたら「かわいいねえほっこり」になる。
そりゃ米袋と赤ちゃんは全然違うし、愛情バフもなくはないだろうけど、でも5キロは5キロだよね。
こういう認知のゆがみ?的なものも母親神話の一種なんだろうし、友達が言ってた「他にどうしようもないし」でやっていることが、「母親だからできる!母親だから大丈夫!」みたいな他人の思い込み(しかも自覚なし)につながることも多いんだろうなーって思った。
「婦人科系の内臓は痛みを感じない」「女性は痛みに強い」「女性が訴える痛みはたいしたことない」みたいな思い込みも、なんかこういうことと似たようなことなんじゃないかなって思う。
これ、先日もツイートしたばかりだけど、数十年による積み重ねの価値観によるもので、一人ひとりの産婦人科が患者をないがしろにしているわけではなく、「通常範疇内で、できるだけのことをやっている」という自認なので、指摘されると心外すぎて驚くだろうし不快に思う。
患者側が言っているのは、その「通常範疇が、婦人科周辺だけおかしい」っていう話だから食い違うんだよね。